ホルマジオが現在寝泊まりしているのは、湖の真ん中の家。
 この家と陸地を繋ぐ吊り橋は、はっきり言って腐っている。
 普通に渡ろうとすると、人間一人分の重みで間違いなく壊れる。
 ホルマジオは小さくなれるので、体重も当然減る。吊り橋を無事に渡れるのだが、この家の人間達はどうやって行き来しているのか、最初は不思議だった。
 その謎が解けたのは、ここに泊まった初日。
 常識外の渡り方を見てしまい、ホルマジオは完全に両足の力が抜けて座り込んだ。
 あろうことか。
 この家に住む一家は、非常識な技を繰り出す家族だった。
 家族全員、湖を渡る時、橋を使わない。
 橋の横の水面を、沈まずに歩く。
「……なんで浮いてんの……?」
 長年の修行の賜物だ、と粋な紳士風の子供は答えた。
 答えになっていないと思ったが、突っ込む言葉が出て来ない。それほど驚かされた。
 もっとある。
 家族全員、座ったままジャンプする。
 指先で壁を上る。
 水を口から飛ばして枝や岩を切り出す。
「……人間じゃねぇ……」
 もっともな感想は、しかし彼等には通用しない。
 初日の朝。
 彼等は爽やかな笑顔と共に宣言した。
「ここに住むからには、水の上を歩くくらいのことはしてもらう」
 橋を使うな。
 その理由は、いくらネズミ並の質量しかなくとも、老朽化した橋にとって負担は負担だ。掛け替えるのも大変だから、橋は極力使うな、というもの。
「……じゃあ何の為の橋なんだよ」
 彼等は愛想良く教えてくれた。
「勿論、誰でも気軽に遊びに来られるように」
 この時ホルマジオは、彼等の中で、自分は既に客ではないのだということに気づいた。


 そんなわけで。
 現在ホルマジオは、湖の真ん中の家で、波紋とやらの修行を強制的に行わされている。
 が。
 数日が経過した今。
 全く進歩はない。
 向き不向きがある技術だとは最初に聞いた。
 ということは。
 こんなに必死になって走り回っても、意味はないのではなかろうか。
 そう思いながら、今日もホルマジオは湖に潜ったり湖の外周を走ったりと、愚痴一つ零さず黙々こなす。
 嫌だというのは簡単だが、それを言って追い出されたくはないので。

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