人のいる方に行きたいのだが、連れているオランウータンにも方向がわからないときては、ペッシはもう闇雲に歩き回るしか手がない。
「……さっきの人、こっちに行ったと思うんだけど」
 歩けば歩くほど、とんでもない方に進んでいるような気がしないでもない。
 はぐれないための用心として、オランウータンとずっと手を繋ぎ、ペッシはメルヘンな森をとぼとぼ進む。
 数分後。
「おやあ、お帰り、おサルさん」
 ポップなファッションに身を包んだ一人の男が、目の前に立ちはだかる。
 髪を両側で高く結い、鋭く吊り上がった目を薄いサングラスで覆った男。
 しかも。
「……大人だ」
 子供しかいないこの世界で、そんな真似ができるのは一人しかいないはず。
 もしや。
「……兄貴がやったのかな……?」
 目つきの悪い男は、オランウータンとペッシを交互に見遣りながら近づき、オランウータンの持つ網に手を伸ばす。
「これだけ? やっぱり猿じゃあ無理かねえ? よりによってあのお客人、キャプテンの休暇中に貝なんか食べたがって……これじゃあ足りないよ、もう一回行っておいで」
 溜息混じりに厭味を言い、追い払うような手つきをする。
「あ、あの! こいつの飼い主ですか?」
 すっかり無視されているペッシだが、意を決して下から見上げるように男に問いかけた。
「ん? 坊やは誰かなー?」
 まるで今初めてペッシの存在に気づいたかのように、男はその場に屈み込み、頭を撫でて来る。
「あの……海で怪我させちゃったんで。でもちゃんと病院連れて行ったんで……すみませんでした!」
 男の外見年齢が、行方不明中の兄貴分の能力を彷彿とさせるので、そのことを早く聞きたいペッシは、本来の目的である謝罪がまともにできない。
 あっさりとそれを終わらせ、早く気になる問題について尋ねようと顔を上げる。
「わざわざその為にここまで来てくれたのかなー? えらいねぇ、坊や」
 また頭を撫でられ、ぐりぐりと撫で続けられる。
 話しかけるタイミングが掴めない。
「あ、あの……!」
「出口かい? オレも探してるんだけどねえ……どっちに行けばいいんだろうねぇ……今ちょっと、お客人の為に皆でかくれんぼしてるから、庭が迷路みたいになってるんで……どうしようか?」
「いえ、道もそうだけど……その、なんで大人なんです?」
 ストレートに「プロシュートがやったのか」と問えばいいものを、性格からか質問が遠回しになった。
「これはオレの特技。昔はねえ、子供にする方が専門だったんだけど、こっちに来てからは、大きくする方が喜ばれてねぇ……皆重労働の時なんかは大人の方が便利だから、お陰ですっかり成長させる専門になって……おっと、こんな話はつまらないかなー?」
「い、いえ……」
 プロシュート以外にも、似たようなことのできる人がいる。
 そういう可能性もあったはずなのに、行方不明のプロシュートが気がかりのペッシの頭からはすっかり抜け落ちていた。
「せっかく来たんだから、うちでお茶でも飲んで行きなさい。かくれんぼが終わってからだけど」
「はあ……」
「ケニーが農園を元に戻してくれないと、館に帰ることもできやしない」
「……道、わからないんですか……」
 住んでいる人間にもわからないのだから、ペッシが一人でこれ以上彷徨えば、本気で遭難するかもしれない。
 とりあえずこの人に着いて行こう。そう決めたところに、再び草を掻き分ける音が近づく。
「アレッシー、見つけた!」
 先程オランウータンを蹴り飛ばした、あの愛くるしい子供が満面の笑みを浮かべて男を指差した。
「おまえが最後だぜ」
「早いですね、お客人」
「当たり前だ。オレがそんなに手間取るかよ。さ、次の鬼はデーボだぜ。あいつ人形と二人がかりで攻めて来る気だからな。油断できねぇ」
 自分の倍以上ある身長の男を捕まえ、来た道をまたざかざかと戻ろうとする。
 が、途中でオランウータンに視線を転じる。
「おい、猿。おまえも入るか? ……それと……げっ」
 オランウータンの身体の陰に入っていたペッシをちらりと見遣り、子供はぎょっとしたように顔を引きつらせた。
「……え?」
 知らない人、のはずなのに、なんでこんな嫌な顔をされなければならないのだろう。
 ペッシは首を傾げ、再びその美しい子供をじっくりと見つめる。
 上品な、愛らしい服装に身を包み、光を集める金髪が頬に掛かる。信じられないくらい可愛い。
 男の子だよな? でも女の子に見えないこともないし。
 かなり失礼なことを本気で悩み、ペッシはやはり知らない人だ、と確認する。
 でも。
「……どっかで会ったこと、ありましたっけ……?」
 なんだか、引っ掛かる。
 何か引っ掛かる。
 眉を寄せ、うーんと唸りだしたペッシに、金髪の子供は口元を引きつらせて応対する。
「え? ………いいいいいいいや、ああああ会ったこと、ねぇ……。知らねぇな、なぁ、アレッシー?」
「お客人……オレに言われても、お客人の交友関係を、オレが知ってるわけないでしょうよ」
 呆れたように呟いた男は、しかし数瞬後、ぽんと手を叩く。
「そうだ!  坊や、良い方法があるよ。生きてた頃に会ったことがある人ってのは、ここじゃあすぐには誰かわからないだろう? だから、こうすればきっと……」
 言い終わるより早く、男の影が伸びる。
 斧を構えた影が、金髪の子供の影まで伸びて行き。
「ばっ……馬鹿野郎! やめろ!」
 金髪の子供の制止は、やや遅かった。
 見る見る子供の身体が成長して行く。
「見るんじゃねぇ!」
 顔を両手で覆い、十二、三歳程度の少年にまで育った彼は、そのまま背を向けてまた森の奥へ飛び込む。
「見るんじゃねぇぞ、マンモーニ!」
 またしてもオランウータンを張り倒し、少年の姿は木々に遮られ見えなくなっていく。
「あれ……? えーと……『マンモーニ』って……」
 聞き慣れたその蔑称に、ペッシは思わず目を見開いた。
「……なんであの人、オレがそう呼ばれてるって知ってんの……?」
 逃げるように去った相手が誰なのか、未だに気づいていない。

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