黒づくめの上司共々農園のお世話になっているプロシュートは、現在この世界に来て初めて子供の姿で生活をしている。
 仲間には見られたくない恥ずかしい姿ではあるが、こうやって生活してみると、思った以上に子供というのは楽しい。
 特にこの家は、無口なイギリス人の子供の為に、彼に仕える人間達が様々な工夫を凝らしている。
 たとえば、庭にあるブランコやシーソー。これは、意外に器用な巻き毛の子供の手製の作である。残念ながら、無口な子供は様々なことに無関心らしく、折角の設備も全く使用しない。今までただそこに放置されるだけだったそれらを今一番活用しているのは、子供生活を楽しんでいるプロシュートだ。
 今日も、暇そうに館にいた子供を一人捕まえ、シーソーの相手をさせている。
「お客さん……そろそろ違う遊びしませんか?」
 三十分以上もギッコンバッタンと付き合わされている子供は、そろそろ腰が痛くなったのか、遠慮がちにそう問いかける。
 逆らうのは簡単だが、なんだか妙な威圧感があるので、プロシュートに「付き合え!」と言われると「はい……」と答えてしまうのだ。
 頭の後ろにもう一つ顔がついている不思議な子供の、正面の方の顔を睨み付け、プロシュートは舌打ちした。
「おい……ヌケサク、違う遊びってのは何だ?」
「……えーと……鬼ごっことか。あ、随分前に教えて貰ったんですけど、だるまさん転んだっていうのは?」
「ダルマ? 何それ?」
 ルールを説明すると、プロシュートはシーソーから飛び降り、いきなり子供を殴りつけた。
「後ろにも顔のついてるてめぇ相手にそんな遊びしたって意味ねぇだろうが!」
 プロシュートの体重が突然無くなったことで、子供は腰を激しく打ち付け動けなくなる。
「いや……目瞑りますから……」
「そんなもん信用できるかよ!」
 殴られないように頭を庇うと、今度は足が出て来た。
「い……痛っ……じゃあ、かくれんぼとか……」
「いくらここの館が広いって言っても、限度があるだろ! 迷路みてぇになってるならまだしも!」
「……じゃあ迷路にしましょうか……?」
 あちこち蹴り飛ばされ、涙目になりながら子供は小さく問いかけた。
「迷路? できるのか?」
「はい! 今、迷路作りの名人呼びますから、ちょっと待って下さいね!」
 後ろ向きに小走りになり、子供は館の中へ飛び込んで行った。
 本来ならばプロシュートという人物は、機嫌を取る必要は全くない相手だ。それなのになんだか気を遣ってしまうのは、プロシュート本人がこういう足癖の悪い人間だからだろう。
 子供は五分とかからずに、別の子供の腕を引っ張って戻って来た。
「お待たせしました、お客さん! このケニーが、庭に迷路用意しますから! かくれんぼしましょう!」
「……三人で?」
 プロシュートは冷たい眼差しで二人を見比べる。
「わっ……わかりました! 今、皆呼んできますから! ……あーもうっ今日は農作業中止にして農園全部使って遊びましょう! 全員で!」
 その言葉に、やっとプロシュートが納得する。
「いいぜ、早く全員集めろよ」
「あ……でも、ンドゥールは水の行商に行ってるし……フォーエバーは夕飯用の貝を採りに……ペットショップも遊びに……」
 全員、と自分で言っておきながら、フルメンバーを揃えられないと気づきしどろもどろと言い訳を始めると、プロシュートの眉間に皺が寄る。
「おい……かくれんぼするのに、サルとかトリが必要か?」
「……いなくても、いいですよね……?」
「当たり前だ! いい加減にしろよ、このマンモーニがっ」
 自分の弟分よりも始末の悪い子供に、更なる蹴りを加えるプロシュート。その二人の姿を見ないようにしながら、自分の方に被害が来ない為にか、迷路作りの名人として呼ばれた子供はいそいそと農園の迷路化を始めた。


 そして。
 メルヘンチックなジャングルの迷宮が作り出され、館中の人間を巻き込んだかくれんぼが始まったのと時を同じくして、貝を採る為に海に行っていたフォーエバーが、ペッシを連れて帰宅する。

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