山頂の危険な診療所で、怪しげな注射をされたオランウータンは、しかし見た目特に変わったところもなかった。
噂以上に一風変わった医師だったが、「三日後にまたいらっしゃい」と愛想良く傷口を消毒してくれたので、ペッシもつられて「はい!」と受け答えした。
オランウータンは激しく首を振って拒否していたが、ペッシには何をそんなに怯える必要があるのかわからない。なので、丁寧に頭を下げた。
「先生、治療費は?」
「今度来た時に貰うよ」
そう言ってオランウータンを舐め回すように見ていたことも、やはりペッシは気づいていなかった。
実験動物にされると本能的に察して怯えるオランウータンを連れ、ペッシは再び山道を下り、今度はオランウータンの飼い主の元へ向かう。
「……ジョースターさんてどんな人だろ……?」
たまに自分の家に遊びに来ていたあの鳥が番をする、あの農園が、おそらく目的地。
何度か前を通りかかったことはあるが、ハヤブサが睨むので近づけなかった。だから、どんな人が住んでいるのかペッシは知らない。
「おまえの言ってる農園って……氷を出すハヤブサのいる所だよね?」
そこ以外に農園を知らないので、ペッシはそこだと思っているのだが、もし違った場合は大変だ。
念を押すと、オランウータンは大きく頷く。
「良かった……あそこならもうすぐだ」
オランウータンと手を繋いで歩く、という大変メルヘンな行為を自然に為し、ペッシは見えて来た農園にほっとする。
道に迷わなくて済んだ。良かった。
門の前で立ち止まるが、いつものあの鳥の姿はない。
「あれ? また遊びに行ってるのかな?」
時々息抜きでもするように、自分の家に来ていたことを思い出す。いつもいつもここで見張っているわけではないと知っているので、いなくてもさほど不審には感じない。
「……おじゃましまーす」
おそるおそる。敷地に足を踏み入れた時。
ペッシはそこに広がる光景に、絶句する。
「……家、どこだろ……? ここ……農園……?」
どう見てもジャングル。
そして樹齢何年か見当もつかない太い幹に、何故か建物の扉。
扉のついた木々と、生い茂る草。見渡す限り、細い入り組んだ小道と扉だらけ。
「……迷路みたいだ……」
その言葉に、ペッシと手を繋いでいたオランウータンが、大きく頷く。
「……迷路、なの?」
再び頷く。
「……なんで……?」
オランウータンは少し考え、その場に屈み込むと、土の柔らかい場所を選んで指を差し入れる。
また筆談をしようということか。
「……でもオレ、英語なんて……イタリア語、書ける?」
簡単な言葉しか知らないが、読めるだろうか。
オランウータンの横に屈み、ペッシはその手元を覗き込んだ。
と。
ガサガサと草を分ける音が近づき。
「どけっ、サル! ぼーっと座ってんじゃねぇぞ、マンモーニ!」
甲高い愛らしい声が汚い言葉を使う。
金髪の見目麗しい子供が、勢いよく草を掻き分け突進して来た挙げ句、オランウータンを蹴り飛ばして走り去って行く。
「……今の、ここの人……?」
随分荒っぽい人が住んでいるんだな、と身軽に去って行く子供の後ろ姿を目で追うが、それもすぐに高く茂る草と木々に阻まれ、見失ってしまう。
蹴られたオランウータンは背中を撫でながら、ペッシの問いを否定し、土に差し込んだ指を動かす。
ビジター。
それくらいなら、ペッシにもわかる。
「……お客さん、なの?」
呆然と見送ってしまってから、はっとする。
「あ、今の人に着いて行けば良かった」
既に迷子になっている自覚のあるペッシは、痛がるオランウータンの背を擦り続けた。
ちなみに。
今の子供が誰だったのか、ペッシは全く気づいていない。
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