ブチャラティに手足と口を固定されたオランウータンはやっと大人しくなった。
口に掛かっていた針を取ってやると、暴れていたせいで大きな裂傷が出来ていた。
「あー……ひどいっすね、これ」
塩水にも浸かったせいで、オランウータンはひどく痛がっている。
「おまえ、言葉はわかるか?」
スタンド使いなのだから、多分、スタンドで会話できるのではないか。
そう思ったが、オランウータンは砂浜に指をさくりと刺した。
「筆談……思った以上のスキルを……」
しかも書いている文字は。
「ねーねーブチャラティ、これ何語?」
「英語だよ」
それも、時代がかったクイーンズイングリッシュ。
どんな人間と接触していたのだろう。確実に一世紀は前の生き物だな、とブチャラティは推測した。
「ねー何て書いてるの?」
「ああ……助けて貰ったことは感謝しているが、針を引っかけたペッシのことは許せないらしい」
「ま、そうだよね」
「ごめん……怒らないで。さっき釣ったウナギ分けてあげるから」
傍らのバケツから掴みにくい物を取り出し、ペッシはオランウータンに差し出す。
「あ、また何か書いてる」
オランウータンはウナギをひったくるように受け取り、更に何かを砂に書く。
「……針を刺した件についてはウナギでいいが……怪我の治療費は別だから、何か寄越せと言ってる」
「……なんか、可愛くない猿だね、こいつ」
「そうだな……」
誰が躾けたのか知らないが、可愛げがない。
すると、ペッシがぽんと手を打った。
「あ、そうだ!」
「何? 何あげるの?」
「治療しなきゃ! 痛そうだし! ちょっと出掛けて来ます!」
ペッシは猿の手を引き、立ち上がらせようとする。
「何処へ行くんだ?」
「病院!」
そう言ってペッシが指差したのは、本来の自分の家のある丘の背後にそびえる山。
「あそこに病院が……?」
「頂上にあるんっスよ! ちゃんとした医者がいて、頼めば治療してくれるって聞いたことがあります!」
オランウータンでも大丈夫なのか。
「ちょっと変な先生だって言うけど、多分、大丈夫ですよ! だって医者だもん!」
権威に無条件に信頼を寄せているのか、変な医師だという噂がある人物でも『大丈夫』と言い切る。ブチャラティは少し不安になる。
「その医者ってのは、どういう人物なんだ?」
「最近突然こっちに来たって。入院患者を一人連れてて、イタリア人だって」
「………」
なんとなく、顔見知りの医者のような気がする。患者が一人いる、という点も合致する。
「……だめっスか?」
考え込んだブチャラティに、ペッシがおそるおそる尋ねた。
「いや……」
人間性に問題はあるが、あれでも医者だし。それに頼めば治療してくれるという話ならば。
何より。
ブチャラティはちらりと、座り込んで口を抑えるオランウータンを見る。
患者希望者は、自分の知り合いではない。どうなろうと知ったことではない。何があっても死ぬことだけはないのだから、任せてみるというのも悪くない。
もしそれで普通に治療をしてくれるとわかれば、こちらも何かあった時に訪ねて行ける。
「試しに行かせてみるか」
「じゃあ行って来ます! その後、こいつを家まで送って来ますね!」
先程からの会話で、何か感じるところがあったのか、オランウータンは病院へ行くというペッシに抵抗している。
「家? 何処だ?」
するとオランウータンは、病院よりも家に帰りたいという意志を身振り手振りで必死に訴え、砂にまた文字を綴る。
「……ジョースターの農園?」
「あ、聞いたことあります。道も多分わかると思うから、病院の後行きますよ」
「ああ、任せた」
オランウータンの必死の形相に気づかないペッシは、にこやかに微笑みながらオランウータンを引っ張った。
「待てペッシ! 農園に行ったら、こいつに怪我をさせたことをちゃんと説明するんだぞ? それから、手ぶらで行くわけにもいかないから、これを」
ブチャラティは水を三本、オランウータンの両手に持たせた。
山の頂上まで片道三十分。山から農園まではおおよそ一時間。
ペッシが農園を訪れてしまうのは、約二時間後。
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