イルーゾォに火が燃え移っているのに、専門家は悠長に構えて消してくれない。
 多少燃えても死ぬことはないから、と放置されているらしい。
 確かにこれ以上死にはしないが、けれど熱いし、火傷はしなくても痛いことは痛い。
 そんな時に、救ってくれるのは。
 逆に、水の専門家だったりする。
 突然頭から大量の水が降り注ぎ、火はあっという間に消える。
「あ、あれ?」
 雨が降っているわけでもないのに、上から水が落ちて来る。有り得ない。
 火のパニックと、水のショックで呆然としているイルーゾォの横をすり抜け、花京院は、火を消した張本人に近づく。
 いつからそこにいたのか、小屋の脇に座り込み、静かに目を閉じている。
「いらっしゃい。来てもらえて嬉しいです」
 花京院は屈み込んで簡単な挨拶をする。
 火遊びをするなら、と呼んでおいた火消し役だ。
「……そろそろ瓶の水が尽きる頃と思って」
 言われて顔を上げれば、確かに小屋の裏に置いてある水瓶が全て満たされている。今朝は、殆ど空に近かったのに。
「ありがとうございます。おいくらですか?」
「こちらの森に生えている、いつものクランベリーを一袋」
「後から採って来ますね」
 花京院はにこりと笑みを浮かべ、まだ背後でぼんやりとしているイルーゾォに声を掛ける。
「葡萄狩りは中止。先に、あの奥のクランベリーが必要になったよ」
「……なんでオレが手伝わなきゃいけないんだよ」
 声を掛けられたことでやっと正気に返ったイルーゾォは、不満げに口を尖らせる。
「水売りの人が来たんだから仕方ないよ。だいたい君、今はうちの居候なんだから、手伝ってくれてもいいと思うよ」
 勝手に居座って、水もしっかり飲んでいる以上、逆らうわけにもいかない。
「だいたい水売りって何……?」
「この人は、向こうの農園の人。特技を活かして、飲み水を出してくれてる」
「目……見えないの?」
 なんとなく気になったことを、こっそり耳打ちする。
 目を閉じて、盲人用の杖を持っていたので。
「いや。見えるらしいよ。でも、そっちの方が慣れてるから、目は閉じて歩き回ってるみたい」
「そう……あ、農園って、あのすごい鳥の飼い主!?」
 農園、という言葉で、先日犬と鳥の喧嘩に巻き込まれて痛い目を見たことを思い出した。
 図らずも大きくなってしまった声に、水売りが顔を上げる。
「ペットショップが何かご迷惑を?」
「いいえ。遊びに来てくれるので、イギーも喜んでますよ」
「嘘だ……あんた、この前怒ってたじゃないか」
「僕に、何か意見でも?」
 ぼそりと呟くと、花京院が満面の笑みで振り返る。
 なんだろう、この圧力。
「なんでもない……」
「そうだよね」
 花京院は念を押すように頷いた後、また水売りの方に向き直る。
「今度イギーとここにいる彼を連れて、遊びに行きますね」
 まだイルーゾォは知らない。
 遊びに行ってしまったら、後悔することを。
 なので、花京院に促され、何も考えずに「うん、行く」と答えてしまった。

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