「遅い」
 アバッキオが形兆の小屋の前で、薪交渉に苦戦している頃、森の中ではその木々を待つ人々が、特別することもなく座り込んでいた。
「暇なら、果物狩りでも一緒にどうだい?」
 焚き火会場の目の前に小屋を構える花京院としては、珍しく人が集まった為か、気を遣ってみる。
「果物って……さくらんぼじゃないよな……?」
 人の耳元をちらちらと見ながら、そんな失礼なことを言う輩もいる。
「さくらんぼは好きだけど……なんでもかんでもさくらんぼだなんて芸のないことは言わないよ」
 普通なら怒り出してもいい場面だが、花京院は笑顔で厭味を返す。
「ちょうど向こうで、葡萄を作ってみたんだ。初めて作ったから、試食がてら、どうかな?」
「葡萄……」
 言われた方は、少し思案する。
 確かに暇なので、時間潰しにはいいかもしれない。
 が。
 同時に、嫌な予感もする。
 この少年が、葡萄狩りに誘う理由だ。
「……本当は収穫するのに人手が足りないから、手伝わせたいってわけじゃないよな?」
 先程からいちいち確認したがるイルーゾォの、やや上目遣いな視線を受け、花京院は笑みを浮かべる。
「話が早くて助かるよ。わかっているなら、手伝ってくれない?」
「あんた……実は性格悪いだろ……?」
「薪が届くまで暇なんだから、軽い労働で有意義な時間を過ごす。悪くないと思うよ?」
 そう言われても、葡萄狩りの経験はないので、本当に軽い労働なのかどうか判別できない。
 のこのこ着いて行って、実はとんでもない重労働をさせられる可能性も否定できない。
「薪じゃなくても、適当な木ぎれでいいんじゃないのか? ほら、これとか……」
 偶然足下にあった落ち葉を拾い上げ、適当に山を作って火をつけてみる。
「あ、危ないよ。今日は風が強いから……」
「うわぁあぁぁっっ!」
 実はこの子供は風も操れるんじゃないのか。そう疑ってしまいそうなタイミングで、風が舞った。
 火は、イルーゾォの束ねた髪の一房に燃え移っていた。
「火っ……火、ついた……っ!」
 後で自分でその際の自身の姿を思い浮かべたら、恥ずかしくて顔から火が出るだろうくらいの醜態を晒し、イルーゾォは駆け回る。
 が、慌てても火が消えるわけではない。
「落ち着いてよ。ほら、そこに専門家がいるから、消してもらえるよ」
 小屋の主である少年はのんびりとした口調で、傍らに腰掛ける無口な子供を指差す。
「だったらっ……さっさと消せよ!」
 火の専門家は先程から座ったまま、別の子供を相手に占いをしている最中だ。
 だがイルーゾォの悲痛な叫びを聞き、やっと顔を上げる。
「焚き火は危険だ。素人が無闇にやってはいけない。身にしみてわかっただろう?」

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