形兆が薪用の木を運ぶ隊列を率いて小屋に戻ると、ガラの悪い子供が戸口の前で奮えていた。
 誰か知らないが、こんな吹雪の中、律儀にも人の家の前で家人を待っているのだから、多分客だろうと判断し、愛想良く声を掛けてみた。
「どなたかな?」
「あんたがケイチョー?」
 初対面なのに呼び捨て。ちょっとだけ失礼なイタリア人だ、と憮然としながら思った。
 ここで『ちょっとだけ』などと形兆にしては寛容な感想を抱いたのは、寒くても形兆が帰って来るまで外で待っていた点との相殺だ。
「そうだが?」
「アヴドゥルって人から、薪分けて貰えって頼まれた」
 その名前には覚えがある。
 確か随分前にも、一度だけ薪を分けたことがある。
「ああ、彼か。……またどこかで野宿でもしているのかな?」
「どうでもいいけど、早くな。こっちは寒ぃんだ」
 確かに、こんな土地に彼の格好は薄着過ぎたが。早く貰う物を貰って帰りたい気持ちも、わからないではないが。使いっ走りを頼まれて喜ぶ人間がいないこともわかるのだが。だからといって。
「……人に物を頼む時は、もう少し低姿勢にした方がいいと思うよ」
 形兆としては、ここまで他人に優しいことも滅多にない。
 今日はたまたま、帰り道の途中でイノシシを見つけ、それを歩兵が一発で仕留めたという出来事があったので、それで多少気分が良かった。
 これが普段なら、冷たくあしらって追い返すところだ。
「薪を欲しがってる奴にそう言えよ。オレはただのパシリだ」
 改善する気は無いらしい。
「自己紹介くらいしてもらわないとね、本当に彼の使いかどうかわからないだろう?」
 別に、木ならいくらでもあるのだから、欲しがっている人間がいれば誰にでも分けてやる。だが今回は、この無礼者に一言言っておかねば気が済まない。
「……アバッキオ。暇潰しにアブドゥルんとこ行ったら、今日森の中で焚き火して遊ぶからそれ用の木が欲しいって言われた。暇だから使われた。嘘だと思うんなら、一緒に来いよ」
 アバッキオ。この無礼なイタリア人はアバッキオ。
 覚えておこう。こいつは要注意だ。
 弟話をしに来るイタリア人も尊大な男だが、こいつはそれ以上だ。
「もういいだろ。早く寄越せ」
「悪いが、そんな態度を取られたんじゃあ、何も渡せないな」
「なんだと?」
 アバッキオは形兆を睨みつけ、その胸ぐらに掴みかかろうと一歩踏み出した。
 だが、それくらいは予測済み。
「おっと。動くと危ないよ。……うちの連中の射撃の腕前を知らないだろうから教えるが、この小隊の一斉射撃は百発百中でね。結構痛いよ?」
 足下で銃を構える小隊を指差すと、案の定アバッキオの顔が引きつった。
「痛いよ……って……」
「小さいけど、痛いよ。蜂の巣になるからね」
 動くに動けなくなったアバッキオの姿に満足し、形兆は微笑む。
「それとも、大隊の攻撃の方がいいかい? まあ数が増えればその分、大変な目に遭うだろうけれど?」
「薪貰いに来た人間に、銃口向けるのかよ? あんた、何考えてんだ?」
「礼儀知らずは嫌いなだけだよ。出直しておいで」
 アバッキオを威嚇する小隊はそのままにし、後方で薪の運搬をする部隊を引き連れ、形兆は小屋の中へ入る。
「次からは口の利き方に気をつけて」
 最後にそう言い残し、形兆は小屋の扉を閉じ、しっかりと施錠した。

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