リゾットが消え、外出しただけのはずのプロシュートも戻らず、そうなった段階で、ホルマジオは「二人とも逃げたな」と思った。
何しろ、子供になってしまってからというもの、リゾットは持ち前のあの責任感をどこかに放り投げてしまったらしく、メンバーの喧嘩を止める度に、それが面倒だというのを顔に出すようになった。
どう見ても、この男九人での暮らしを快く思っていないのは明らかで、「こいつ絶対そのうち切れる」とその日を楽しみに観察を続けていたのだが、そうなってしまう前に逃亡してしまったらしい。
プロシュートも、リゾットがいなくなってしまえば屋敷内がどうなるか、想像していた一人だったはずだ。
面倒なことが発生する前にさっさと隠れてしまった。
となれば。
自分もさっさと行方を暗ますに限る。
こんな時のために、匿って貰えそうな場所に、あらかじめ目星をつけておいたのだから。
以前適当に歩き回っている時に見つけた、イタリア人の一家。
国籍や人種などさほど問題ではないと思うが、家族という存在や一家団欒という図式に随分長い間飢えていた関係上、そこの空気が妙に心地良かった。
時々こっそり遊びに行っていた。
いざという時はここに逃げ込むため、親しく付き合っておこつという打算もあった。それは確かだが、それ以上に、ただ純粋にそこに混ざってみたかったので。
粋な紳士風の子供が本来の最年長で、その息子と孫だという三人が暮らす家。
時々イギリス人達が立ち寄る程度で、それ以外の人の出入りなど全くないような、閑静な一軒家。
なぜなら、この家は湖の真ん中にあるから。
崩れそうな吊り橋だけで陸地と繋がっている。
自分達の屋敷のすぐ近くに住む三人も、波打ち際などという有り得ない場所に居を構えていたが、湖の真ん中に家を造る方もどうかしていると思う。
海好きで、どうせなら沖に住みたかったのだそうだが、利便性の問題で湖にしたのだそうだ。
「そんなに海って不便か?」
一度そう聞いた時、あっさりと答えが返った。
友人達の方から訪ねて来られないから不便なのだ、と。
どうやら船に住むつもりだったらしい。
船上生活で、必要な時だけ家ごと陸につける、というスタイルだ。
しかし実は、本当に実行したらしい。
実際に試した上で、諦めたのだという。
湖の真ん中で、朽ちかけた吊り橋を使うことも、けして楽ではないと思うのはホルマジオだけではないはずだ。
「ツェペリ! 邪魔するぜ!」
そんなわけで、ホルマジオはさり気なく荷物をまとめ、誰にも見咎められることなく屋敷を脱出し、この湖に来ていた。
日は沈みかけている。
もうそろそろ、ホルマジオの動きに気づいたイルーゾォ辺りも何らかの行動を起こす頃合いだろうか?
だとすると、明日の午後にはペッシも慌て出すだろう。
取り残されたメンツを考えれば、ペッシだって逃げたくなるに決まっているのだから。
「……誰が一番先に帰るんだろうな」
あの四人だけが残っている屋敷に、進んで帰りたがる奴はいない。
誰かが探しにでも来たら、その時は帰ってやろうかと、ホルマジオはぼんやりと思っている。
残念ながら、ホルマジオはまだ知らない。
この湖を取り巻く森の一角に、子犬と共に生活する日本人がいて、そこにイルーゾォが入り浸っていることを。
そして万が一の際には、イルーゾォがそこに泊まり込むつもりでいることも。
更には、この家によく出入りするイギリス人の農園に、今現在リゾットとプロシュートが厄介になっている事も、ホルマジオは知らない。
だが知らずにいられるのも今だけ。
いずれ絶対に、顔を合わせることになる。
その時四人それぞれがどんな反応をするのか。
そんな近い将来を想像することもなく、ホルマジオは呑気に湖の家で夕食をご馳走になった。
ちなみにこの日の夕食は、放浪生活を続けるとある子供が持って来た土産物で、その子供は農園にも顔を出せば森の小屋にも行き、雪深い小屋も訪ねれば波打ち際の家にも姿を見せるという、おそらく誰よりも顔の広い人物だ。
絶対に、各地に散った屋敷の住人達は、逃亡先の選び方を後悔する日を迎えるはずだ。
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