農園の前でプロシュートを威嚇したものの、ヴァニラに一喝され大層機嫌の悪くなった番鳥ペットショップは、屋敷の中に消えて行く二人を見送った後、ゆっくりと羽ばたいた。


 どうも家の外が騒がしい。
 昼食は何を食べようか、なんて呑気なことを考えながら平穏な時間を過ごしていた耳にそれはひどく障る。
「イギー……?」
 どうやら一緒に住んでいる子犬が誰かと争っているらしい。
 同時に聞こえるのは、羽音。
 それだけでもう、何が起こっているのか想像できてしまう。
 まただ。
 イギーの喧嘩の相手は、いつも決まっていたのだから、羽の音がしようがしまいが、誰が来ているのかなど考える必要などないのだが。
「どうして仲が悪いかな……?」
 顔を合わせれば大喧嘩。
 そんなに嫌な相手ならば、会わなければいいと思う。
 しかもあの鳥の方は、わざわざイギーに絡みたくて来ているような気がする。
「それも仲が良いってことなのか……?」
 放っておけばいいのだろうが、家の前での騒ぎは嫌でも耳に届いてしまう。もう少し静かに喧嘩をしてくれればいいのに。
 仕方なく立ち上がり、外に出る。
「イギー!」
 声を掛けると、それまで中空を睨みつけていた子犬が、ころりと態度を変え、こちらへ駆け寄る。
 そしてその腕の中に飛び込み、まだ飛び回っている鳥に挑発するような視線を投げている。
 まるで、おまえとなんか本気で争えるか、と言わんばかりに。おまえはただの暇つぶし相手なんだよ、と言いたげな視線が鳥のそれとぶつかる。
 だいたい、あの鳥は気が短い。
 挑発されればすぐに反応する。短気な上に短慮だ。
 軽く一鳴きすると、一気にこちらに向かって突っ込んで来る。
「……おまえたち」
 喧嘩をするのは勝手だが、巻き込むのはやめてほしい。
「どうしていつもいつもこうなんだ?」
 犬を抱き上げ、目線を合わせて問いかける。
「もっと仲良くしなきゃだめだよ、イギー?」
 途端に、子犬は鼻を鳴らし、目を逸らす。
 一応、悪いとは思っているらしい。
 そして鳥の方は。
「おまえも。遊びに来たのなら、どうして素直になれないんだ?」
 相変わらず人を睨みつけたままだが、それでも何度か旋回した後、肩に留まる。
「わかったのかな?」
 うなだれているものの、イギーの方は見ない。
 双方の頑なな態度に、首を傾げて溜め息をつく。
「まったく……」
「本当に子供のような仕草をする人だ」
「……?」
 突然後ろからかかる声。
 勿論、知己の。
「やあ……いらっしゃい」
 笑顔で振り返ったものの、彼の名前が思い出せず、掛ける言葉も選んでしまう。
 しばらく考えてから、実は彼の名前をまだ聞いていなかったのだと思い出した。
 この鏡を出入りする子供。時々ふらりとやって来ては、妙な手土産を携えていたりする。
 今日も、片手には何かよくわからない物を持っている。
「サメが手に入ったんだ。食うかい?」
「ありがとう」
 礼は言ったものの、イタリア人は皆普通にサメを食べるのだろうかという疑問が浮かぶ。
「僕が子供に?」
「ああ。元々そういう話し方や仕草だというなら、別だが……どうもわざと子供らしくしようとしているように見えるんでね」
 見ていないようで、実はいろいろと見ているんだな。
 そう。
 姿が子供になったせいかもしれないが、もう一度子供の頃からやり直してみたいという気になった。だからついつい、子供のように振る舞う癖がついた。
「……子供の振りをしても、本当にやり直せるわけじゃないから無駄だろうけどね」
 もうすっかり子供の振りが板についてしまった。
 逆にこの鏡を出入りする子供の方は、無理に大人らしく振る舞おうとしている節がある。
 そういう感想を抱いていたが、さすがにそんなことを指摘するほど親しくはないのでまだ口にしたことはない。
「これ、どこの鳥?」
「向こうのイギリス人の農園の番をしてる鳥」
「ふぅん」
 そっと撫で、例の鋭い目付きに多少怯む。
「ああ、気にしないで。こいつはこういう顔だから」
「そ、そう……?」
 少々逃げ腰になりかけた少年を安心させるため、自分も鳥に手を伸ばす。
「ほら、大丈夫だろう? 怒ってないよ」
「本当に?」
「触ってごらんよ」
 子供がおずおずと手を出すのと、先程から睨み合いだけは続けていた一匹と一羽が再び暴れ出すのが同時だった。
「うわっ」
 しかも丁度彼の手は、一匹と一羽の間にあった。
 結果。
 彼の右手の甲は突っつかれ、指は噛みつかれた。
「だ……大丈夫?」
「……こいつら、オレのこと嫌ってない?」
「まさか」
 最早二人のことなど目に入っていないのか、再び激しい喧嘩が開始される。
 もう面倒だから、疲れてやめるまで放っておこう。
「どうぞ。お茶でも出すよ」
「ああ、ありがとう」
 まだ背後の喧噪が少し気になるようだったが、誘われるままに中へと入って来た。
 その時になって、ようやく子供は思い出したように質問をする。
「ところで、黒尽くめの怖い目した子供と、どういうわけか二十代半ばの男の格好した奴、見掛けてないか?」

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