城塞並みの屋敷の中は、ちょうど昼食時。
 生前のことは全て白紙に戻して、『一から家族としてやり直そう』計画を推進した結果、今のところ、なぜか全員、うまく生活している。
 微妙に幼児化してしまったことも、その一因だったかもしれない。
 来客の多いこの屋敷では、一人くらい泊まり客がいても、今更だ。
 たとえ初対面であっても、温かく迎える。
 只今、突然やって来た黒尽くめの少年も、そんな待遇を受けていた。
 厳密には使用人ではないはずなのに、使用人のように振る舞っている子供がその部屋に入って来た時も、一家に混ざって食事中だった。
「失礼します。お客様、お迎えの方がみえました」
 自分のことだ、とわかり、リゾットはそちらへ視線を移す。
 が。
「……?」
 一瞬、男か女か判別できなかった。
 女かと思ったが、服装その他を考慮の上、まじまじと見つめると、やはり男らしい。
 アンティークショップに行けば必ず一体は置いてある人形と同等の容姿、というのが最初の感想。
 やけの睫毛は長いし、目元の印象も悪くない。各パーツも問題ない。高級なドールの隣に座っていても違和感はなさそうだ。
 しかし。
 こんなケバい知り合い、いただろうか。リゾットは顔色一つ変えず、しばらくその子供を見つめる。わからなくてもそれを顔には出さない。
「………」
「………」
 無言のまま、にらみ合うこと三分。
「……おまえ……?」
「頼まれました」
 リゾットが何か確信めいたことを言い出すより早く、見慣れない子供の方が舌足らずな声を出す。
「海の近くのぉ……丘のお屋敷の人が、リゾットさん探して来てって言ったから、ボク来たの」
 リゾットは思わず息を飲んだ。
 わざとらしい。
 わざとらしく、子供の振りをしようとしている。
 正体を隠したいと思っているのが、バレバレだ。
 なんとなく、この子供が誰なのか想像はついていたのだが、まさかその人物がこんな捨て身の演技をするとは思いたくないので、慌てて先程までの可能性を否定する。
 絶対に違う。
 プロシュートが、こんなプライドの無い真似をするわけがない。
 プロシュートかと思ったが、プロシュートのわけがない。
「リゾットさん、おうちの人が待ってるから、帰ってあげて?」
 小首を傾げる仕草も、やはり胡散臭い。
 かなり無理をしている。
 演技だ。
 間違いなく、作っている。
 当たっていてほしくなかったが、やはりこの人物は。
「……何のつもりだ、プロシュート」
「え? ボク、そんな人じゃないよ?」
 白々しい。
 今、少しだけ焦っていた。
 顔に出ていた。
 無理が出ている。
 もう疑う余地などない。
 この恥ずかしい演技をしている子供は、プロシュートだ。
 リゾットが尚も詰め寄ると、愛くるしい子供の笑顔は引きつった。
「プロシュート、いつまで馬鹿な真似をしているんだ?」
「……ちょっとしたジョークだ。忘れろ」
 がらりと口調を変えると同時に、態度も尊大になる。
 どこからともなく煙草を取り出し、食事中の部屋でふかし出す。
「おまえに会いたいって奴が来てた。また来るって話だから、さっさと帰って迎える準備でもしろ」
 リゾットの隣に、いつのまにか用意されていた席。
 ここまで案内して来たあの長髪の子供が、さりげなく支度をしてくれたらしい。
 遠慮なくそこに着き、プロシュートはリゾットに用件だけ告げた。
「客?」
「客だ」
「誰だ?」
「……ブチャラティ」
「聞かなかったことにする」
 またテーブルに戻り、リゾットは食事を続ける。
「お客様、お食事がお済みでないなら、ご用意しますが?」
 案内してきた子供が、ワゴンに一人分の料理を乗せて現れる。
「ああ、まだだ」
 プロシュートの返答と同時に、長髪の少年はにこりともせず、皿を並べ出す。
「ヴァニラさんも一緒に食べましょうよ?」
 ここの主の一人である、黒髪の少年がにこやかに声をかけるが、長髪の少年は頭を振る。
「いえ、私は使用人ですので」
 相変わらず、堅い表情のまま、プロシュートにワインを注ぐ。
 そんな様子を見ると、プロシュートも「変な家」と思う。
 だいたい、さっきまで担いでいた農具も、部屋の隅にきちんと置かれているところを見ると、またすぐに耕しに戻るのだろう。
 一人であの広大な土地を管理しているのだとしたら、かなりの根気がいる。
 そんなことを考えながら、フォークを持つ。
 が。
 何気なく手をつけた料理が、思っていた以上に口に合う。
「……美味い」
 それを自分のことのように喜ぶのは、ここの家主。
「ヴァニラさん、ますます腕を上げましたね」
「恐縮です」
 プロシュートも、子供に向かって同じく頷く。
 本当に、美味い。
 普段、サメやイルカを食べているせいだけではなく、本当に美味しい。
 となれば。
「リゾット。オレもここに泊まる」
 許可も得ずに勝手に決めるわけにはいかないはずだが、家主は別段気にした様子もない。
「どうぞ、部屋だけは沢山余っていますから」
「ってことで、リゾット、オレも帰るのやめた」
「……おまえ、オレを迎えに来たんじゃなかったのか?」
 別に迎えに来たわけではない。
 ただ、目撃情報を偶然得てしまったから、成り行きで来ただけで。
 そもそもリゾットを連れ戻したかったのは、リーダーがいないと騒ぐ連中を大人しくさせるためで。
 五月蠅いのが我慢ならないだけだから、別段、大人しくさせなくても、自分が避難すればいいだけのこと。
 だがそれを説明するのも面倒なので、プロシュートはリゾットを睨みつける。
「おまえがここに隠れてること、あいつらにバラされたくなかったら……」
「どうしろと?」
「オレのこの姿のことも、黙ってろよ?」
 子供しかいない世界で、子供の姿になることになぜ抵抗があるのかわからない。
 わからないが、リゾットはぼそりと呟いた。
「……その姿を見られるのが、そんなに恥ずかしいのか」
「うるせぇ! 取引だ!」
 もっとも、リゾットとしては、自分がここにいることを知られても、また場所を変えればいいだけのことなので、プロシュートに有利な条件とは思えない。
 だが、この場はそれで了承する。
「わかった。……オレの部下も、一晩よろしく頼む」
「構いませんよ、何日でも何人でも」
 にこにこと笑顔を絶やさぬ家主に頭を下げ、リゾットは内心、
「どうしてここに来てまで、部下の面倒を見なければならないのか」と疑問を抱いていた。

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