山々に囲まれた、妙に規模の大きな農園。
 この土地には、最初、城並の屋敷だけがあった。
 主は二人のイギリス人の少年。
 少年の両親と、少年の伴侶である女性との五人だけの屋敷。
 それがある日突然、ふらりと一人の子供が訪ねて来たことで、この屋敷の周囲は変化する。
 追い返そうとしたのだが失敗した。
 涙ながらに訴えて、「ここに置いてくれ」と頭を下げる。
 生前、この子供を配下として使っていた少年の方は、そんなことでは動じなかったのだが、もう一人の少年の方は絆されてしまい、屋敷に住むことを許可してしまった。
 この子供、ただの同居人になることを良しとせず、勝手に屋敷の外に自分が寝泊まりする小屋を用意し、そして屋敷の前の空き地を勝手に耕し出した。
 何をしているのか、と屋敷の住人達が尋ねると、子供は黙々と手を動かしながら答えた。
「血の味のする果物を作ります」
 誰の為に、何の為にそんなことをするのかは、今更聞かなくてもわかっていたが、別に今では彼は血なんか飲まなくても困らないし、欲しがってもいないから、慣れない作業をする必要はないと説得した。
 しかし子供は言うことを聞かない。
 最初のうちは、柘榴だけだった。
 そのうち何を思ったかどんどん畑を広げ、他の果物も作り始める。
 気づいてみれば、屋敷の周りには立派な果樹園が出来ていた。
 そうこうするうちに、果樹園だけでは収まりきらず、屋敷の周囲は広大な農園へと変貌を遂げていた。
 ここが農園となるには、その子供だけでなく、その後もふらふらと金髪の少年を慕って現れた子供の協力があったのだが、そうやって辿り着いた者達も、最初の子供同様にここに住み着いている。


 今、プロシュートが立っているのは、そんな農園の前。
「こんなとこで何やってんだ、リゾットは?」
 中に入ろうとして、ぎくりとする。
 どこかで見たような目付きの悪い鳥が一羽、凄まじい形相でそこに留まっている。
「おまえ……ここの鳥だったのか?」
 これが噂の、危ない番鳥か。
「なあ、うちのリゾット来てねぇか?」
「………」
「無理か。鳥に言葉通じねぇよな……」
 別に侵入者ではないのだから、堂々と訪ねようとしたプロシュートが、一歩踏み出すと。
「!」
 鳥が突然羽ばたき、プロシュートの行く手を阻む。
「何しやがんだ、てめえは! 客に対する態度か、それが!」
 バサバサと目の前を遮る鳥と格闘すること数分。
 突然、背後から声が掛かる。
「何かご用ですか?」
 気配がしなかったぞ、こいつ。
 驚いてやるのは癪なので、普通に振り返る。
 長い巻き毛の子供が、農耕具を持って立っていた。
「ここの人?」
「そうですが……」
 瞬間、何かおかしいと気づく。
 普通、この世界で初対面の奴は、必ずプロシュートを見ると目を丸くするはず。
 何でこの人、子供じゃないんだ、と。
 なのにこの子供は、全く動じていない。
 そしてもう一つ。
 その幼い子供と、何故か目線が一緒。
「……?」
 その理由に思い至って、プロシュートは自分の手を見る。
 柔らかい、小さな手。
 子供、になっている。
 この世界に着いた直後の、わずか三十分間しかなっていなかったその姿に。
 その日以来、一度もなっていなかった姿に。
 よりにもよってなっている。
 けして他人には見せまいと誓っていた、みっともない姿になっている。
「……って、このバカ鳥! 何出してやがる!」
 原因を求めて周囲を見回し、例のハヤブサで目を留めた。
 よりにもよってこの鳥、氷を出してプロシュートの周りを固めている。
「てめぇ、スタンド使いか! ギアッチョみてぇな奴が他にもいやがったのか!」
 まさかこんな長閑な場所で、氷に囲まれることになるとは思ってもいなかったので油断した。
 しかし、もう目の前のこの子供には、幼くなってしまったこの姿を見られてしまっているので、取り繕っても遅い。
 プロシュートは二度とこいつの前には出ないと心に決め、仕方がないのでそのまま普通に会話を再開する。
「あの……ここに、黒尽くめの目付きの悪い子供、来なかったか?」
 気にしないつもりでも、身の回りに氷があるので落ち着けない。
 そんなそわそわしたプロシュートに何を思ったか、農耕具を抱えた子供は、すっと一歩前に出、ハヤブサを叱る。
「ペットショップ……お客様だ」
 睨まれたことで、やっと鳥はプロシュートから離れ、また定位置で警戒態勢を取る。
「すみません。融通の利かない鳥で」
 子供が動き回ると、プロシュートの周りの氷が突然何か黒い物に飲み込まれて消えて行った。
 突然、何も無くなってしまったことで、今度は中和されていた自分の能力がまた復活するのに気づく。
 慌てて、今度は自分がスタンドを解除しなくてはならない。
 ここで急に大人に戻るわけにもいかない。
 さっさと必要な情報を得て帰ろう。
「その……イタリアの方をお探しなんですよね?」
「ああ」
「黒い頭巾のお子様?」
「そう! それ!」
 なんだ、あっさり見つかったな。
 逃亡の下手な奴。
「ここにいるのか?」
「ええ。昨夜から屋敷の方にお泊まりです。どうぞ」
 農耕具を担いだまま、子供はプロシュートを敷地内へと導く。
 ふと、今更気づく。
 なんだ、こいつらもスタンド使いか?
 この世界、スタンド使いしかいないのか?
 湧いた疑問はひとまず置いて置き、プロシュートは後ろの鳥をちらりと見遣る。
 今度からあいつは警戒しなければならない。
 不用意に道で会って、また突然子供に戻されたら大変だ。
 それをしっかり頭に叩き込み、プロシュートは子供の後について屋敷へ入った。

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