リゾットがいないと、誰かが喧嘩を始めても収拾がつかない。
 その喧噪にうんざりしたので、プロシュートは二日続けてまたこの雪深い小屋を訪ねる。
 さすがにいつもいつも手ぶらで来るのは悪いと思ったか、それとも出掛ける時にたまたま目についたからか、キッチンに置かれていた瓶を一本持ち出していた。つい一時間前にブチャラティが持って来た水だ。
「邪魔するぜ」
 この付近は毎日雪が降っているのかもしれない。
 今日も肩の雪を払い、中に入った。
「形兆? いねぇのか?」
 殆ど小屋から出ることなく、暖炉の前にいるはずの主の姿はない。
 暖炉の薪は燃え尽きている。随分前から留守にしているのか。
「ちっ……なんで火消えてんだよ」
 小屋を見回しても、薪は残っていない。これでは凍えてしまう。
 もしかしたら薪を拾いに行ったのかもしれない。
 しかし、この雪山のどこに乾いた木があるのか、プロシュートには見当もつかない。よって、形兆がどこまで薪を集めに行ったのかも、やはりわからない。
 このデタラメな世界のことだから、案外すぐ近くに薪に使える便利な木が生えている可能性もある。
 一応、確かめてみるか。
 ここで震えているのも、外を歩き回るのも、あまり変わらない。
 持って来た水の瓶は適当に転がし、プロシュートはまた外に出た。
 見渡す限りの白銀。
 吐息は白く凍る。
「形兆! どこだ!」
 声の届く範囲にいないことだけはわかった。
 とりあえず、いつも自分が行き来するルートとは別の、正反対の方角へ歩き出す。
 この辺りはよくわからない。
 いつも真っ直ぐにこの小屋に来てしまうので。
 雪にずぼずぼと足を取られながら、プロシュートは百メートル程進んだところで立ち止まる。
 何か、変な音が聞こえた。
「……誰かマシンガンでもぶっ放してんのか?」
 それに類似する騒音が途切れ途切れに響く。
 近い。
 この近くに、いる。
 また同じ音。
 今度は確信した。
「形兆」
 呼びかけるまでもなかった。
 目当ての相手は、そこにいた。
 プロシュートは彼のいる場所を見回し、溜め息を吐きたくなった。
 なんて世界だ、ここは。
 形兆が背を預ける木。そしてその周囲半径五メートル。
 雪がない。
 乾いた土が露出している。
「なんで雪がねぇんだ?」
「雪の降っているところの木では、薪に使えないだろう?」
 さも当然といった風に答えられても、それで納得していいのかどうか。
 都合が良いにも程がある。
 多少のことは無視すると決めていたので、プロシュートは考えるのをやめ、足許を慌ただしく走り回る小人達に注目する。
 どうやら、形兆の為に木を切って、運んでいるところらしい。切り出した枝や幹をクレーンで運び、トラックに積み込む。
 それを見て気づく。
「なあ。あんたの軍隊って……トラックまで持ってるのか?」
 てっきり戦車やヘリだけだと思っていたが。
「以前は無かったんだが。ここに来てから、装備が増えてね」
 ああ本当に便利だよ、ここは。
 言われてみれば、自分も同じだ。
 生前は、子供の姿ならば、そのサイズのままただ老けるだけだったはずなのに、この世界に来てからは、ただ老化するだけでなく、自由な年齢に身体を成長させることまで可能になっている。
 それに気づいたのは、最初にここに着いた時。
 自分とほぼ同時にここに来て、べそべそ泣いていた弟分に苛立ってつい、スタンドを出してしまった。その時、幼児だったペッシの背が伸び、顔つきも少しずつ変わって行くのを見た。
 もちろんペッシはすぐに元に戻しておいたが、これは今の自分に一番必要な能力だ、と喜んだのだった。
 そんな無防備な子供の姿なんて、他人に見せられるわけがない。
 形兆の横に屈み、彼の軍が薪を集める様を観察する。
「……いつからこの作業やってんだ?」
「昨夜からだ」
「昨夜!?」
 一晩かかっても終わらなかったのか? そんな効率の悪いことをしているのか。
「こまめに来るのが嫌でね。ついつい半年分一度に集めてしまうんだ」
 言われてみれば、山程木を積んだトラックが何台もそこに待機している。
 昨夜からずっとこんなことしてたのか。
「ところで、今日は何の用なんだ?」
 今頃になって聞くことでもないと思うが、プロシュートは正直に理由を説明する。
「ああ。仲間がうるせーから避難だ」
「騒がしいのはいつもだと聞いたが?」
「今日は特別だ。仲裁役のリゾットが……そうだ、背ぇこれくらいの、黒いロングコート着た、怖ぇ目した奴、見なかったか? 今朝から行方不明だ」
 別に探しているわけではないのだが、一応聞いてみる。
 これで見つかれば儲け物。
 いてもいなくてもどうでもいいと思っていたが、いざいなくなってみると、色々と不都合が生じて来るものらしい。
「見てねぇなら別にいいんだけどよ」
「見たよ」
 あっさりそう返され、プロシュートはそこに屈んだまま、形兆を見上げる。
「本当か?」
「黒い頭巾被った子だろう? 見たよ、今朝」
 絶対それだ。
「どこ行った!?」
「最終的な目的地はわからないが……方角は、ほら、あっちだ」
 指し示されたのは、屋敷とは正反対の方角。
「ここを真っ直ぐ行った。この豪雪地帯を抜ければ、イギリス人の農園に着くな。そこで聞いてみたらどうだ?」
「農園? そんなのがあるのか」
「あるよ。使用人が何人かいて、毎日毎日黙々と働いてる。たまに遊びに行くと、果物を分けてくれる」
 どうして海の次に森で、そして冬山なのか、と思っていたが、その先に農園もあったとは知らなかった。
「じゃあちょっと見て来るか」
「ちゃんと断って入らないと、門番の鳥が攻撃して来る。気をつけて」
 相変わらず、木にもたれ掛かったままの姿勢で、形兆はひらひらと手を振った。

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