「ただいま戻りました」
半分のサメを引き摺って入ったペッシは、リゾットを探す。
これを捌けるような刃物は屋敷にない。となれば、作ってもらう必要がある。
生臭い物をずるずる引き摺りながらうろつき回るペッシに、ホルマジオが声をかけた。
「プロシュートならさっきどっか行ったぜ」
「あ、知ってるっス。今、途中の坂道で会ったんで。ケーチョーさんのとこに行くって。晩飯には帰って来るみたいっすよ」
なんだ、という顔でホルマジオはまた読みかけの本に戻ろうとしたが、そのペッシの言葉に反応し、また顔を上げる。
「ケーチョーって誰?」
「雪山に住んでる日本人っすよ。なんか兄貴と話が合うらしくって、最近よく遊びに行ってるみたいっすよ」
「へー……どんな話が合うんだろうな」
ホルマジオはあまり興味がないらしく、すぐにまた本に視線を落とした。
が、その本の上に、突然鋭い鉤爪が乗せられた。
「うわっ」
見れば、いつからそこにいたのか、目の前には大きなハヤブサが一羽。
「なんだ……この目付きの悪い鳥は……」
突然のことにまだ動揺するホルマジオに、ペッシが説明する。
「あ、そいつ、向こうのイギリス人の農園の番鳥っす。涼しい所が好きみたいで、たまにふらっと来るんすよ」
「番鳥……?」
「怖いんすよー、農園に近付いたら睨まれるんス」
「涼しいところって……ギアッチョのそばか?」
「はい」
涼しい所がいいのか、ギアッチョに懐いているのか、正確にはどちらなのかわからない。
「しかし目付き悪いな、この鳥……うちの誰かさんそっくりだ」
「誰っスか……?」
「わかんねーのか? しょうがねえなあ、おまえは。そんなの、リゾットに決まってんだろ?」
「ああ言われてみれば。目怖いっすからね。でもこいつの方がまだ優しいっすよ」
「そりゃそうだ。リゾットの方が目怖ぇよ」
ハヤブサを囲み、二人で和やかに笑い合ったその時、背後に突如黒衣の少年が姿を現した。
「……ペッシ、ホルマジオ」
「!!」
いないと思っていたのに……。
「そのサメ、捌いてやろうか、ペッシ?」
聞いていたはずなのに、リゾットは平然とペッシが掴むサメを指差した。
「お……お願いします……」
おずおずとサメを前に置く。
「ホルマジオ。ノコギリを使いたい」
「え……? うわぁっっ……おいっ、やめろっ、出すなっ」
しかし、ホルマジオの腹を破り、ホルマジオ製のノコギリが登場する。
「馬鹿野郎……痛ぇじゃねーかっ……」
「死にはしないんだから、問題はなかろう?」
「服が破れただろ!」
リゾットはそんなことには取り合わず、ノコギリを操り、サメを器用に捌き終える。
「随分多いな。余った分は、ギアッチョに頼んで保存してもらうといい」
「は……はい……」
同じように噂話をしていたのに、今のところホルマジオしか犠牲になっていない。
自分は何をされるだろうと、ペッシは脅えながら頷いた。
これ以上リゾットを刺激しなければいいとはわかっていても、まだ許してもらえたわけではないのだから、警戒もする。
「ところで、どうして半分しかないんだ?」
「あ……えと……」
「はっきり言え」
「あの、波打ち際の家にお裾分けしました……」
「ああ、あそこか。それにしても、どうやってこんなに綺麗に真っ二つにしたんだ?」
切り口に触れ、リゾットが感心する。
「……あそこの家、ブチャラティが住んでるんす」
リゾットは窓からその家を眺めた。
「なるほどな……随分近くに……一人で、か?」
「その……アバッキオとナランチャも一緒に……」
だんだん小声になっていくペッシに構わず、リゾットは質問を重ねる。
「それで? おまえは、自分を殺した奴にサメを切って貰って、なおかつ分け与えてやったわけか?」
「それは……もう過ぎたことだし……今更そんな……」
しどろもどろと言い訳を続けるペッシを見、リゾットは小さく呟く。
「……マンモーニ……」
「オレはもうマンモーニじゃないっす!」
ちゃんと聞こえていたらしく、ペッシが反論すると、どこからか戻って来たメローネがすっと身を寄せた。
「マンモーニマンモーニ。おまえはマンモーニ」
耳元で何度もしつこく囁かれ、ペッシは涙ぐむ。
「オレっ……オレっ……」
その様子を見ていたイルーゾォが、また紛れ込んで来ていた子犬と遊びながら笑う。
「あーあ、泣かせたー。プロシュートに怒られるぞ」
「プロシュートいないだろ。だからいいんだよ」
リゾットは一歩、下がる。
まただ。
また騒がしくなった。
ここは幼稚園か? いつもいつもこうだ。
やはり家出しよう。今夜家出しよう。夕食の後、家出しよう。
リゾットはそう決めた。
「9.接待役不在」へ
天国Menuへ
モバイルTopへ