暖炉に新しい薪をくべた時、誰かが家の前に辿り着いたようだった。
振り返って、入って来るのを待つ。
好き好んでこの雪深い土地に踏み入る人間は少ない。客の見当はついている。
「邪魔するぜ」
肩の雪を払って入って来たのは、想像した通り、数日前に知り合ったイタリア人だった。
ここに来てからは、疑問を感じることだらけだったが、この男の存在が一番の謎だ。
どうしてこの男は、大人の姿をしているのか。
子供だらけのこの世界で、それは少々不自然だった。もしかしたらそういうスタンドを使える人間なのかもしれない。
相変わらずの薄着で、震えながら暖炉に近付く。
「あんた物好きだな。なんで冬の雪山に住むんだ? 一年中春とか一年中夏の場所もあるってのに」
嫌なら来なければいい。
「飽きたら場所替えするだろうが、今はここがいいんだ」
別に引っ越すのに転居届けもいらないし、家を造るのも簡単な上、時間はいくらでもある。飽きるまで住んで、気が変われば余所へ移る。それでいいと思う。
「日本人ってのは、あんたみたいな奴ばっかりなのか?」
噂では、森の中に小屋を建てて犬と住んでいる日本人もいるらしいが、それと一緒にされたくはない。まだ会ったこともないその日本人も、スタンド使いらしい。
「ところで、何か用でも?」
わざわざ腰まで雪に埋まりながらここまで歩いて来たのだから、何か用事があるはずだ。
「ああ。あんたさ、弟いるって言ってただろ?」
「まだ生きているがね」
「オレには可愛い弟分がいるが、仲間には弟自慢ができねぇ。だからあんたが聞いてくれ」
「……?」
意味がわからない。
王様の耳はロバの耳よろしく、誰かに言いたいがためにこんなところまで来るということなのか。
「話したいなら聞いてやってもいいが。……ただ、うちの弟は馬鹿な子ほど可愛い典型のタイプでね、話が合うかどうか」
言いながら、もしかしたらこういう兄貴分の下にいる弟というのは、実はうちのあいつに通ずるものがあるのかもしれないなと気づく。
「だったら心配ねぇよ、オレも同じだ」
ああやっぱり。
だが、まあ、いいか。
毎日毎日、この豪雪地帯で一人きり。話相手には不自由していたところだ。たまには、こんなくだらない話に付き合ってもいいだろう。
暖炉の前に椅子を二脚用意し、まず自分が座ってから、もう一つをイタリア人に勧める。
その時、まだ手を摺り合わせるイタリア人の姿に気づいた。
「日本茶があるが、飲んだことは?」
多分無いだろうが、一応聞いてみる。
「酒はねえのか?」
「日本酒がある。温めて飲めるんだが、経験は?」
「ない。でも試す。持って来い」
見掛けはどうあれ、身体はきっと本来子供のはずなので、強い酒を与えていいものかどうか。
少なくとも、死ぬことだけは絶対にない。もう死んでいるのだから。
だったら平気か。
「今用意しよう」
自分が飲むわけではないのに、何故か置かれていた一升瓶に手を掛ける。
料理酒のつもりで用意していたのだが、この客は気に入るだろうか。
火にかけながら、イタリア人は普段何を飲むのだったかを思い出そうとする。
ウォッカ。違う。
スコッチ。確か違う。
ビール。違う、と思う。
なんだったか。
わざわざ聞くほどのことでもないし、次に備えて準備しておくなどという気遣いをするつもりもない。
「何か食べるかい?」
「何があるんだ、こんなとこに」
酒にはつまみが必要かと思って聞いたのだが、そう返されると確かに大した物はない。
「鹿の肉や猪がある。昨日捕ったばかりで新鮮だよ」
野蛮だと顔をしかめるだろうか。
ところが男は平然と答える。
「肉はいらねぇ。毎日毎日、イルカやオットセイ食ってるからな。今夜はサメだそうだ」
自分の上を行くメニューだ。
「なかなか面白い食卓じゃないか」
「オレの弟分が嬉しそうな顔して釣って来るからな、嫌だなんて言えるか?」
「なるほど」
だが、イルカやオットセイは食べ物なのだろうか。
気になるが、あまり詳しく聞きたくないような気もする。
「さっきも、出掛ける時にすれ違ったんだけどよ、真っ二つにしたサメ引き摺って丘駆け上って来るんだぜ。『兄貴見てくれよ』なんて言われちまったら、もう……」
「よくわかるよ」
「本当か! やっぱりあんたとは話が合うと思ったんだ」
これは長くなりそうだ。
さっきいらないと言われたので、自分の分だけ干し肉を取り出し、暖炉で炙る。
いくら長くても、きっとそのサメを食べるために、夕食までには帰るだろう。
ここからこのイタリア人の家まで、どの程度距離があるのか知らないが、せいぜい後二、三時間で終わる。
イタリア人に先を促し、丁度暖まった酒を勧めた。
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