窓の真下に、見慣れたパイナップル頭を見つけ、アバッキオは外に出た。
「おい」
声を掛けると、パイナップル頭の子供は大きな目を輝かせた。
「あ、どうも」
他人の家の目の前で釣り糸を垂れているので、パイナップルもついつい遠慮がちになる。
「毎日毎日、よく飽きねぇな」
褒めているわけではないのだが、パイナップル頭は、へへへと頭を掻いた。
「今更だけどよ、おまえ名前は?」
「あ、ペッシっす。えーと……釣れたら何匹かお裾分けしますんで」
ここで何が釣れるのか、アバッキオは知らなかった。もし気に入らなければ、貰った後で捨てればいい。そのつもりで頷いた。
ここはイタリアの海に似てはいるが、本当にイタリアの海と同じようにできているとは思えない。獲れる魚も、多分違うはずだ。
「ここって、何が釣れるんだ?」
好奇心からそう尋ねてみた。
ペッシは、自分にだけ名乗らせておいて、自己紹介一つしようとしない目付きの悪い子供が相手でも、さほど気にしていないようで、あっさり答える。
「鯛とか鮭とか、イカとかタコも。この前はクジラ揚げたっす」
「………へぇ」
この細い竿一本で、どうしてクジラを釣り上げられるのか。嘘をついているようには見えないのだが。
「でもイルカが掛かった時はびっくりしたっす。食べれるのかどうかわかんなくて、兄貴に相談したんすけどね」
イルカは食い物じゃねぇ。
そう思ったが、その後どうなったのか聞いてみるのを待ってからでも遅くはない。アバッキオは黙って先を促した。
「兄貴、リーダーにノコギリ作ってもらって、綺麗にさばいてくれたんす。皆で分けて食べたんすけど……兄貴が血塗れになって一生懸命バラしてくれたんす。感激しました」
どうやら話したかったのは、イルカを食べたことではなく、兄という人が自分の為に何かをしてくれたことを自慢したかったらしい。
……こいつ、素直そうな顔して、イルカ食ったのかよ?
ということは、きっと掛かった獲物はどんな物でも全て食料にしているのだろう。
「で? 今日は何狙ってんだ?」
本当にクジラが掛かるのなら、是非見たいところだが。
「ペンギンっす」
「あ?」
聞き違いか?
銜えた煙草を落としそうになる。
「オットセイとかアザラシもいるんだから、ペンギンもいると思うんすよ、ここ」
……つまり、オットセイもアザラシも釣ったんだな?
「その……ペンギン釣ったら、それも食うわけか……?」
おそるおそる、あまり聞きたくないことだと思いながら尋ねてみる。
「やだなぁ、そんな酷いことしませんて。うちで飼うんすよ。動物好きの仲間が多いんで、ペット欲しいと思って」
だったら、イルカを食べずに飼った方が良かったような気がする。
だいたい、こんなところをペンギンが泳いでいることがまずおかしい。いるわけがない。
でも天国なら、どんなデタラメも通用するのかもしれない。
この竿でクジラが釣れてしまうように。
そんなことを考えていた時、ペッシが立ち上がった。
「来た!」
何が? まさか、本当に?
「……大物だ。この感じ……サメだな」
サメ?
この細い竿で、サメと勝負できるのか?
それよりも、どうしてこのパイナップル頭は、糸の先にいるのが鮫だとわかるのだろう。
真剣な面持ちのペッシにつられ、アバッキオも手に汗を握って見守る。
「よし、仕留めた。……後は引き寄せるだけっすよ。デカイっすから、半分お宅に差し上げますよ」
まだ鮫の姿は見えないが、ペッシはまた太平楽な笑顔に戻り、アバッキオにそう勧めた。
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