アバッキオとナランチャに連れられて来たのは、海だった。
 天国にも海があるのか。素直に感心してしまう。
「海、好きだろ?」
 子供の姿になってしまったせいか、どんな物事にも素直に反応してしまうらしい。
 ブチャラティは笑顔で頷いた。
「で、こっちが……」
 手を引かれ、振り返る。
 海に面している、というよりも、常識で考えてかなり危ない近さに、一軒のこぢんまりとした三階建ての家。
「オレ達の家だぜ」
 ああそうか。一緒に住むのか。
 もう少し疑問を感じてもいいはずだが、何故か納得してしまう。
 わざわざ海の近くにしたのは、ブチャラティの為なのだろうということも、想像できる。
 だから。
「ありがとう」
 二人にそう告げると、捻くれた感じの五歳児とやんちゃな三歳児は誇らしげに笑った。
「さ、入って入って」
 ナランチャに背中を押されて家の中に足を踏み入れる。
 誰が片付けたのか、それともこれから住むからまだ綺麗なのか、どちらなのかはわからない。
 階段を上がった先で、ナランチャは扉を指し示した。
「ここがブチャラティの部屋。窓からちゃんと海も見える」
 こんな場所に建つ家なら、殆どの部屋から海が見えるような気もするが、ブチャラティは、三歳児の頭に手を置いて礼を述べる。
「で、隣がアバッキオで、こっち側の隣がオレ。オレはもう少し大きい家がいいって言ったのに、アバッキオがこれくらいの方がブチャラティは喜ぶって勝手にこの家にしたんだぜ」
 もうこの家に決まってしまったのに、まだ不満なのだろう。案内する間中、ずっとぶつぶつと文句を呟いている。
「三人で住む割には広過ぎじゃないか? 向こうにも空き部屋があるようだが……?」
 ナランチャの寝室だという部屋の先にも、まだ同じような扉が幾つか並んでいる。
 それを指摘すると、ナランチャはさも当然といった顔で聞き返す。
「あっちはミスタで、その隣はジョルノ。それでここがフーゴ。そのうち三人増えるんだから、この家でぎりぎりじゃないの?」
 まだ生きている人間に向かって、死んだ後の部屋は用意してあるから安心して来い、なんてとても言えない。
 それに。
 残りの三人が来るのはいつになるのだろう。
 十年か二十年経って、その頃にはきっと、彼等の事情も変わっているはずだ。
「じいさんになったミスタが、先立たれた妻や息子と暮らしたいって言ったらどうするんだ?」
 難しいことを聞いてしまったか。
 ナランチャは頭を抱えて唸り出してしまった。
 すると、いつからそこに立っていたのか、アバッキオが口を差し挟む。
「妻と息子とは何十年も一緒にいたんだからいいだろう? オレ達と一緒にいた時間の方が短いんだ。譲ってもらう」
 どうやらその際は、ミスタの意志は無いものとして扱われるらしい。
 ブチャラティはまた笑った。
「それは構わんが、子供のくせに煙草を吸うな」
 火を付けようとしたアバッキオに忠告すると、不良の五歳児は複雑な表情で固まった。
 それを無視し、ブチャラティは窓から外を眺めた。
 見渡す限りの海。そして背後は高い木々と山。
 他には誰も、この近くには住んでいないのだろうか。
 そんなことを思っていると、近くの丘の上に建物が見えた。
 真っ白な洋館は、この海辺には場違いな気がする。
「あれが唯一のご近所か?」
 そう問うと、アバッキオは洋館に目を遣り、頷いた。
「ああ。海のそばに住みたがる物好きは少ねーからな」
「どんな人達なんだ?」
「イタリア人の男が九人。ヤローばっかでむさ苦しいって言ってたぜ」
 意外に詳しい。
「親しいのか?」
「まさか。一人、家の前まで釣りに来る奴がいて、そいつからちらっと聞いただけだ。他の奴は顔も見たことねぇ」
「へえ」
 男ばかりで九人。
 彼等ももしかしたら、自分達のように仲間同士なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、ブチャラティは窓を閉めた。

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