辿り着いた所には、意外にも地面があった。
草原、山、湖も見える。
死後の世界というものについて、死ぬまで考えたことはなかった。想像もしていなかったが、生きていた頃とあまり変わらない世界なのかもしれない。
行くあてがないので、適当にふらふらしていると、瀟洒な館が見えて来た。
誰か住んでいるのかと近付いてみる。
子供が二人、子犬と遊んでいるのが見えた。
男の子が二人。四、五歳くらいの。
イギリス人かもしれない。
ここにいるということは、死んでいる人間だ。
こんな幼い子供のうちに死を迎えてしまったのか。
その時、誰かが背後から抱きついて来た。
「……!」
突然だったので、声も出せない程驚いた。
首だけ巡らせて相手の顔を確かめる。
また子供だ。
三歳くらいの。
「ブチャラティッッ ブチャラティブチャラティ!」
はしゃぐ子供に名前を連呼されるが、呼ばれた当人はどうしていいのかわからない。
見覚えのある顔のような気もするが、こんな子供は知らない。
「……誰?」
ブチャラティがそう問うと、子供は涙を浮かべた。
「うぇーんっ……ひどいよぉ……。オレがわかんないって言うんだよぉっ、アバッキオ!」
子供はブチャラティから離れ、少し離れた所にいたもう一人の子供に駆け寄った。
男の子にしては珍しい長髪。こちらは五歳くらいだろうか。不思議なことに、彼にも見覚えがある。
というより、今叫んだ名前は。
「……おまえ、アバッキオ?」
アバッキオ似の少年は、こくりと頷いた。
本人らしい。
魂だけなのだから、どんな姿になれてもおかしくはない。おかしくはないが、どうしてこんな子供になっているんだ?
そんな思いが顔に出たようだった。
「おまえ、自分の格好見てから言えよ。いい加減、気付け」
甲高い子供の声なのに、ふてぶてしい。なんだか可笑しくなった。
普段ならその程度の感情は抑えられるはずなのに、何故か笑いが止まらなかった。
自分も、何か今までと違っているようだ。
今まで気付かなかったのも妙な話だが、小さな子供のはずのアバッキオと、どういう訳か目線が同じだ。こんな子供だったら、見下ろすのが当たり前なのに。
ふと、自分の手を見てみる。
小さい。
アバッキオに近付き、身長を比べてみる。自分よりも、ややアバッキオの方が背が高い。
ということは。
「オレも、ガキになってるのか……?」
五歳児のアバッキオはブチャラティの肩に手を回した。
「そういうことだ。わかったか、五歳のブローノちゃん?」
ちゃん付けで呼ばれたくはないが、多分今の姿では言われても仕方がないだろうし、でも中身は二十歳のままで……
真剣に悩み始めたブチャラティの背中に、やっと泣き止んだナランチャがまた縋り付いて来た。
死んでも、またこの二人と一緒にいるのか。溜め息が出た。
けれど、少しだけ嬉しかった。
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