9.
バズーカをマシンガンに変えても、男の破天荒ぶりは健在だ。
「弾道を読めって言っただろ! このおかっぱ野郎!」
「そっちこそ! どうしてオレと同じ所しか狙わない?」
「……喧嘩してる場合じゃないよぅ」
隠密裏に行動するかと思いきや、男は船に乗り込むなり、手榴弾を放り投げた。
当然、船内の敵が一斉に襲いかかって来る。
だが男は「出て来て貰った方が狙い易いじゃねぇか」と平然と言い放ち、またしてもブチャラティに援護しろと言って走り出した。
が。
一人でマシンガンをぶっ放す男に、援護はいらない。
動く物が目に入れば、全て瞬殺だ。
おそらく男が屠った人間の殆どは、今朝までは彼の仲間だったはずの者達。乗り越える屍に、今のところブチャラティが見知った顔はない。
乗船する所は見ていたので、ブチャラティの知る者も少なくとも二十人以上はいるはずだが、まだ彼等は現れていない。
もし既知を見出したら、その時は男には譲らず、自分で手を下そう。そう決めていた。
「おいペッシ、こいつを機関室に仕掛けて来い」
「え、一人で?」
「三人もいて、一カ所に全員集まっててどうするんだ? 効率悪いだろうが。さっさと行け、マンモーニ!」
ブチャラティは知らず微笑んだ。
この男の派手な動きは、陽動でもあったわけか。弟分が自由に動き回れるよう、敵を自分の所に引きつける。
言葉遣いは荒いが、弟分の安全を考えて行動する男。
「いいか? こいつは一時間後に吹っ飛ぶ。だからそれまでに、ディアボロとポルポを殺って脱出するぜ?」
時限装置の説明をし、男はペッシを蹴り出す。
「……そんなものまで用意していたのか」
半ば呆れながら、ブチャラティは再び駆け出した男の後に続く。
周到すぎるのが気になる。
「最初から……気づいていたのか? 捨て駒にされると?」
「ペッシを取り戻すからには、こっちにもそれ相応の覚悟がいるんだぜ? 一家と真っ向からぶつかるってことはわかってた。先手必勝って言うだろ? 今日中に片付けるつもりで、持てるだけ持って来たんだよ」
片手に持っていた残りの手榴弾を全て使い、男はブチャラティを促す。
「ったく……でけぇ船はこれだから面倒くせぇ。広すぎだぜ」
そう言いながらも、既に船内の半分は破壊していた。
高価な調度品も何もかも、遠慮なく壊して回る。
敵も、既に三十人近くは倒れている。
それなのに男は未だ無傷。
こんな実力を持った男すらも、ディアボロは切り捨てるのか。
「おい、ブチャラティ。弾は?」
「……殆どない」
人数が多すぎた。
男がいくら十分な装備を整えていても、これでは追いつかない。
ブチャラティにもそれはわかった。
通常の武器だけでは、無理だ。
ならば?
手はある。しかし、出来うるならば、最後の最後まで使いたくはない。
と、その時。
倒したはずの敵の手が、震える指で何かに触れるのを見た。
爆発物。
至近距離。
男はまだ気づいていない。
通路は狭く、逃げられる場がない。
「……っ……」
迷っている暇は、ない。
「爆発するぞ! こっちへ!」
男の腕を掴み、ブチャラティは何もない壁へ向かって拳を繰り出した。
逃れた船室。
壁の向こうに響く爆音。
二人きりの、静かな空間。
「……ブチャラティ、おまえ……?」
壁をジッパーで開き、二人で飛び込むと同時にすぐに閉ざした。
万が一を考え、境界である壁に幾つものジッパーを取り付けて衝撃を吸収させた。
お陰で、二人とも無事だ。
しかし。
これで、隠して来た能力が男の知るところとなってしまった。
目を合わせることができない。
化け物と呼ばれることはわかっていた。この能力が、普通の人間には受け入れられ難いということも。
この能力故に、ポルポに重宝されて来たが、実際使うことは殆どなかった。
フェアではないと思っていたから。
それより何より、異端者を見る他人の目に晒されることも辛かった。
実力ではなく、ただ特殊な能力を持っているから出世した男。そう呼ばれることも、辛かった。
俯くブチャラティに、男が手を伸ばす。
思わずびくりとした。
が、その手は、ブチャラティを擦り抜け、その背後に立つスタンドへ伸びていた。
「なっ……? 見える、のか……?」
見えているとしか思えない手の動き。
「なるほどな。ポルポがおまえを手懐けられないわけだ……スタンド使いじゃあな」
「……まさか」
まさか。この男も?
男の目が輝いた。
「そういうことなら話は早い」
立ち上がり、船室を見回す。
そしてその隅に冷蔵庫を見つけると、遠慮無く中を検める。
「あったあった……こいつを持ってろ。無くしたら死ぬぜ」
作り置かれた大量の氷を袋に詰め、ブチャラティに放る。
「これは……?」
「オレはそんなに器用じゃないんでね。敵と味方の区別なんかつけられないから、そいつがおまえの命綱だ」
言うと同時に、男の背後に現れる異様な姿の何か。
「……スタンド」
白い煙が立ち上る。
無味無臭の不気味な煙は、男を中心に、急速に船内に拡散して行く。
「凄いな……」
最初からスタンドを使えば、無駄な弾を消費しなくても良かったのではないか。
老衰の為に動けなくなった敵の山を見下ろし、ブチャラティは呟いた。
「馬鹿野郎、殴り込みの時はマシンガンって相場が決まってんだよ」
「……あんた、銃をぶっ放すのが好きなんだろう」
銃を撃ってる時の、あの生き生きとした顔を見ればわかる。
多分、趣味だ。
趣味で銃撃戦を繰り広げているのだ。
命懸けの戦いを挑んだ場で、そんな余裕を持てる。この男には敵わないと思う。
「オレの手の内はディアボロには知られてる。多分、あいつらは涼しい所にいるぜ」
船内図を確認し、男は通路の奥を示す。
「ペッシが戻って来る頃だが……先に行くか」
男はまたマシンガンを担ぎ、走り出す。
ブチャラティもその後に続いた。
数秒後。
凄まじい炎が行く手を遮った。
爆発の衝撃は凄まじく、ブチャラティは頭を二、三度振った。
だが思ったよりもダメージは少ない。
傷も殆どない。
おかしいと気づいた時、男を探した。
前を走っていたはずの男を。
「おい、何処だ!」
呼ぶべき名を知らないことが、こんなに不便だとは思わなかった。
これが終わったら、絶対に名を聞き出そう。
もし教えなかったら、その時はペッシに聞けばいい。
「おい!」
「うるせぇな、ここだよ」
崩れた資材の陰から、男の気怠げな声が聞こえた。
「無事か!」
「まあな……あのマンモーニ、一時間後だって言ったってのに。間違えやがって」
確かに、爆発は機関室の方から。
船内ではそれによって各所で小規模な爆発が繰り返されている。
崩れそうな足場を慎重に踏み締め、ブチャラティは座り込んだままの男に近づく。
「立てるか?」
手を差し出しかけて。
「……おい! おまえ……!」
スーツの下。
シャツがどす黒く染まっているのが見えた。
それと同時に、何故自分が無傷に近いのか、その理由がわかった。
あの瞬間、男に突き飛ばされたのだ。
そして自分を庇った男は。
「見せてみろ!」
「動けねぇような傷じゃない。気にするな。……それより、急ぐぞ」
男はブチャラティの手を振り払い、一人で立ち上がった。
ジャケットのボタンを留めたために、出血がどの程度なのかブチャラティからは計れない。
とにかく残り時間が少ないことだけはわかっている。ブチャラティも、男の怪我ばかりに気を取られている場合ではないことくらいわかる。
「あ……兄貴ぃ……大丈夫かい?」
男が傷を隠し終えた頃、通路の横から、ペッシが煤だらけの顔で現れる。
「これだけ派手に爆発してんだ、大丈夫なわけねぇだろ! あんなもんもまともに扱えねぇのか、てめぇは!」
響く怒声は変わらない。
顔色も。
ブチャラティが案ずるほど、男の傷は酷くないのかもしれなかった。
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