8.

「ちょっと後ろ見てくれ」
 運転席に踏ん反り返ったまま、男はブチャラティにトランクを示した。
 言われるままに車外へ出、後ろへ回る。
 と。
「……あんた、最初から組織とやり合うつもりだったのか?」
 そうとしか思えないような装備。
 マシンガンや手榴弾で溢れている。更に奥の方にも何やら不穏な武器が詰まっているようだが、さすがにこの往来で武器を取り出すわけにはいかない。
「ペッシが捕まったって聞いた時にな……こいつは尋常じゃねぇなと思って、一応最低限の物は持って来たんだ」
 これで最低限ならば、この男の通常装備とは一体何なのか。
 やはり乗り込む際の武器としてバズーカを選ぶ男は何処かずれている。
「急いでたからこんなもんしか持ち出せなかった……でもま、なんとかなるだろ」
「本気で……ディアボロ一家を潰す気か?」
 冗談とは思えなかったが、たった四人で、最大組織を潰せるものなのか。
「そ。それと、ポルポの野郎も一緒にな」
 ブチャラティが何かを言う前に、男は胸ポケットから携帯電話を取り出し、誰かと話し始めてしまった。


 港。
 双眼鏡を覗き込みながら、男はブチャラティに話しかける。
「やっぱ、サーレーの情報は正確だな」
 男が電話した相手は、彼の馴染みの情報屋だった。
 ただ「ポルポの居場所を教えろ」とだけ言ったのに、事情も何も聞かず、相手はあっさり教えた。しかも。
「あー……今乗り込んだの、うちの若いのだ」
 ディアボロ一家と秘密裏に接触する現場を、教えて来た。
「何者なんだ、その情報屋?」
 極秘情報のはずのこれを、どうやって入手したのか。
「金さえ払えば何でも調べる。金が欲しいから、めぼしい情報は最初から全部掴んでる。仕事が早くて助かるけど、その分高くつく」
「金は?」
「一時間後に、このフェラーリを引き取りに来る」
 後ろに停めた車を顎で示す。
「……これは、あんたの車じゃないだろう」
 あの巻き毛の追っ手の所有物だ。それを勝手に売ったのか。
「オレのじゃないから売ったんだ。惜しくもねぇし、元手もかかってねぇ。丁度良いじゃねぇか」
 出港は三十分後。
「しかし……随分豪勢な船だな」
 停泊している船は、ディアボロ一家の物。二つの組織の人間が、続々と乗船し始めている。
「あれは元々政治家の持ち物だったのを、ディアボロが脅し取ったんだ。でけぇだろ? そのうちあの船で商売するつもりらしいぜ」
 車に積んであった武器は既に全員に分配し終え、後は隙を見て船に乗り込むだけ。
 傍らのペッシを振り返り、男は一つ顔が足りないことに気づく。
「おい、あのくそ真面目な下っ端はどうした?」
「ああ……少し休みたいと言って、車に」
「これ以上休まれてたまるか。もう行くってのに。おい、ペッシ。連れて来い」
 ブチャラティはルカの気持ちを汲んで、一人きりにさせておいた。
 いきなりポルポと敵対しろ、と言われて、彼が素直に「はい」と答えられるわけがない。
 彼はポルポに逆らうことなど出来ない人間だ。融通の利かなさが、ルカの美徳だ。
 しかし。
 そのブチャラティの優しさが、裏目に出た。
「兄貴ぃ! 大変だよ、兄貴!」
「声がでけぇんだよ、このマンモーニ! 気づかれたらどうする!」
 走りながら叫ぶペッシに、男は弟分よりも大きな声を出して諫めた。
「来てくれよ、兄貴! あんたも!」
 目を見開き、何か切羽詰まったようなペッシの表情。
 ただごとではないと、すぐにわかった。


「……馬鹿な野郎だ」
 男は、吐き捨てるように呟いた。
 ブチャラティは何か言わなければならないと思いながらも、何も言えなかった。
 ペッシはただ座り込み、呆然と名を呼び続ける。
「ルカ……ルカァ……」
 兄貴分もブチャラティも、ルカに会うのは今日が初めて。だがペッシは違う。
 半年近く前に知り合ってから、親しく付き合って来たペッシとルカ。
 たとえ騙されていたのだとしても、ペッシにとっては友人だった。
 そのルカが。
「何でだよぅ……折角、助かったのに……」
 男が渡した拳銃を、ルカは自分のこめかみに当てた。
 シートに凭れ、眠るように目を閉じて。
 流れる血が乾くには、まだしばらく時間が必要だった。
 それでも。まだ血が温んでいても。
 ルカは死んでいた。


「仕方が、ないんだ」
 ブチャラティは自分にそう言い聞かせた。
 ルカには、それしか方法が無かったのだと。
 ポルポに反旗を翻すことなど、ルカには出来なかったのだから。
 いや。
「……置いてくれば良かった。何処かに、置いて来れば」
 彼を巻き添えにする必要はなかった。
 何処かで車から降ろし、別れれば良かった。
 おまえはもう自由だ、と。そう言って、彼を置いてくれば。
「おい、ブチャラティ」
 顔を上げれば、男がこちらを睨み付けている。
「船が出ちまう。行くぜ」
 言葉少なにそう告げ、座り込んだペッシにも促す。
「兄貴ぃ……ルカは……?」
「こんなとこで葬式なんかできるわけねぇだろ。サーレーに頼む」
 車を引き取りに来る情報屋。彼に頼むと?
「嫌だよ、兄貴……」
「泣くんじゃねぇ、マンモーニ! 本当ならこいつは、今朝ブチャラティに始末されるはずだったんだ! それが半日長く生きた! それでいいだろうが!」
「良くない! 良くなんかないよ! ……だって、殺されなかったのに。なんで自分で……」
「死にたい時に死ねた方がよっぽどましだろうが」
 理由も教えられずに、ブチャラティに殺されるよりも。
 この方がまだ。
「いいか、マンモーニ。オレ達は船に乗らなくちゃならない。ルカを犬死にさせたくないなら、おまえはポルポとディアボロを殺せ。あの二人を殺せば、ルカの死にも意味ができる。でもおまえがここでグズグズしてたら、ルカは何の為に死んだかわからなくなっちまう。どうする、マンモーニ?」
 襟首を掴まれ、鋭い眼光に晒されたペッシは、冷や汗を掻きながらしばし考え、そして。
「わかった、兄貴」
 小さく、頷いた。

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