7.

「停めてくれ」
 ルカがそう呟いたのは、それから間もなく。
 巻き毛の追っ手が現れた時から、目を覚ましていたようだった。
「何故だ?」
「おまえ達に話さなければならないことがある」
 自分の任務については、何があってもけして口を開かない。そういう種類の人間に見えたルカが、突然そう言い出したのは、やはり先程の追っ手の話を聞いていたからか。
 ハンドルを握る男もそれに気づいたか、適当な所で車を路肩に寄せた。
 相変わらずの急停車。
 つられる形でペッシも目を覚ました。
「それで? 何を話したいって?」
 男は運転席から身を乗り出し、ルカを睨み付ける。
 大事な話ならば、もっと早くしておくべきだ。そう責めるような目で。


「ポルポさんは……生き残る為に、ディアボロ一家と手を結ぶことを決めた。半年前のことだ」
 それはもう、見当がついていた。
 ディアボロ一家が、情報も引き出さないうちからブチャラティとルカを殺せと命じるはずがない。それも、自分達を裏切った仲間と一緒に。
「オレはその為にこのペッシに近づいた。……当初の計画では、オレ達のような下っ端の馴れ合いをきっかけに組織同士も結びついて行くはずだった。じっくりと時間をかけて」
「そんな甘いもんじゃねぇだろ」
 男の吐き捨てるような言葉に、ルカも頷く。
「オレもそう思った。だが命令だ」
 おかしいと思っていても、それでも従う。
 何がルカをそうさせるのか、ブチャラティにもわかるような気がした。
 組織を守るということは、上の言葉を絶対とすることだ。
 その忠誠心が組織というものを作り上げて行く。
「だが今ならわかる。……オレとペッシ、二人の裏切者を始末する。組織同士は、痛み分けという形で収める。そういう筋書きだったんだろう」
「ま、そんなとこだろうよ」
「それを、おまえ達二人が台無しにしてしまった。だからオレ達四人は、早く消されなければならない」
 消されなければならない。組織の為には。
 ブチャラティは静かに唇を噛んだ。
 組織の為に死んでいいと、ルカは言ったのだ。
 裏切られたというのに。それでも、それも組織の為だと言い放つ。
 これほどの忠誠心を持つ者を、何故簡単に切り捨てようというのか。
 いや。
 こんな忠義者でなければ、こんな役割は果たせない。
 だからポルポは彼を選んだ。
 真実を知って尚、心を変えない人間を。
 だが。
 ブチャラティの隣に座る男は、どこまでも素直だった。
「馬鹿じゃねぇの? おまえはそれでいいだろうけど、オレやペッシはどうなる? それに、おまえを殺せなかったブチャラティは?」
 ルカはゆっくりと、ペッシを見つめた。
 次いで、残る二人の顔を。
「……悪いとは思う。だが……」
「やだね。オレ達は死なねぇよ」
 一緒に死んでくれ。そう言うつもりだったルカの言葉を遮り、男は更に身を乗り出す。
「おまえみたいなご立派な奴まで、こんな簡単に捨てるような組織、守ったって仕方ねぇよ。組織ってのは構成員の為にあるんだ。どうせ守るなら、もっと守り甲斐のある組織の方がいいぜ」
「……別の組織に移れと?」
「それでもいいが……その前に、腐った組織は無くなった方がいいとは思わねぇの?」
「何故?」
「腐った連中に『裏切り者』呼ばわりされるなんて腹が立つ。いなくなっちまえば、オレ達を裏切り者って呼ぶ奴もいなくなる。それに……遣り方が汚ぇんだよな、ポルポもディアボロも。気に食わねぇ奴を生かしておくのは、オレの流儀じゃねぇ」
 男は一旦言葉を切り、それからふてくされたように目を逸らす。
「それに……売られた喧嘩を買わなきゃ男じゃねぇ」
 本音はそこにあるようだ。
 ブチャラティは思わず吹き出した。
 なんて男だ、と。
 子供のように真っ直ぐな、なんて男なんだ、と。

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