6.

 三十分ほど車を走らせたところで、ハンドルを握る男は突然急停止した。
「……?」
 停まる理由がわからず、ブチャラティは訝しみながら彼の横顔を窺う。
 同じタイミングで、男は舌打ちした。
「チッ……どうやって追いついたんだか……」
 追いつく。
 その言葉から連想できる物は、この場合一つきり。
 まさかと、彼の視線を辿れば。
 五メートル先。
 白い衣装を纏った巻き毛の男が仁王立ちしている。
 光を反射する眼鏡のせいで、車内にいるブチャラティからは、その表情は読めない。
 だが、隣の男は、そこに立つ人物を知っているのだろう。
 おそらくは追っ手。
 どうやって追いかけて来たのかわからない。だが今重要なのは、その方法ではなく、追いつかれてしまったこの状況をどう切り抜けるか。
 見れば、男は丸腰だ。
 武装していないことが、余計にブチャラティの不安を煽る。
 ディアボロ一家は、特殊能力者を多く抱え込むことでじわじわと勢力を拡大して来たと聞いたことがある。
 武器一つ持たずに、その身一つでどんな強敵でも対処する。
 そんな不気味な連中がいるという噂。
 丸腰の人間が追っ手。その事実が、ブチャラティの脳裏に、何度と無く聞きかじった噂を蘇えらせる。
「……どうする?」
 もしあの眼鏡の追っ手がその異能力者ならば。
 対抗できるのは、同じく能力を持つ者のみ。
 ブチャラティは両手の拳を握りしめた。
 使いたくはない。使いたくはないが。しかし。
「おまえ達はここで待ってろ。休憩だ」
 言うなり、運転席から飛び出し、男は巻き毛の追っ手へと近づいて行く。
 両手をポケットに入れたまま、悠然と。
 不安に駆られ、思わずブチャラティは車外へ飛び出す。
「おい……!」
「待ってろって言っただろ? そこから動くな、心配はいらねぇ」
 男はブチャラティを制し、更に間合いを詰めて行く。
 そして。
「フェラーリを返せって話でもしに来たのか、ギアッチョ?」
 二人の距離はおよそ二メートル。
「それもある。だが……そんなことよりも。正直、やばいぜ、おまえ」
 眼鏡の追っ手は、巻き毛の中に手を入れ、掻き回しながら呟いた。
「何が?」
「おまえとその連れ三人……抹殺命令が出た」
「三人?」
「オレのフェラーリに乗ってる、あいつらだよ!」
 追っ手は車を指差した。
「なんでポルポの手下の二人まで?」
「知るか! ボスがそう命令したんだから、オレ達は従うだけだ」
 吐き捨てるような言葉に、男は肩を竦める。
「へぇ……従うわけ?」
 その語尾の上げ方に、正直ブチャラティは悪寒が走った。
 旧知の仲であっても、今のあの男にとっては敵なのだ。
 自分と敵対する者は容赦しない、あの男の本性を垣間見た気がした。
「……多分、次に会ったらな」
 巻き毛の追っ手は、含みのある言い方をした。
「今日のところは、回収に来ただけだ」
 そう告げると、男の横を擦り抜け、車へと近づく。
 ブチャラティを一瞥し、すぐに屈み込むと、そこに腕を入れて何かを探るような動きをした。
「ほら、こいつだ」
 取り出して見せたのは、小さな機械。
「発信器? なんでそんな物フェラーリにつけてんだ?」
「盗まれた時の為に決まってるだろ」
「なんでわざわざオレ達に教えるんだ?」
 黙っていれば良いものを。
 巻き毛の追っ手はそれには答えず、遠くのパーキングエリアを指差す。
「あそこに停まってる車にこいつを付けて来る。おまえ達が発信器に気づいてやったってことにすれば、オレに火の粉は来ねぇ」
「……何を考えてる?」
 自分達を逃がす必要が、彼にあるとは思えない。
 それよりも、命令されているのならば、彼は自分達をこの場で始末すれば手柄を立てられるというのに。
 ブチャラティだけでなく、未だ立ち尽くしたままの男も同じことを考えているらしいことは、その寄せられた眉で知れる。
 二人分の視線を受け、居心地悪そうに巻き毛の追っ手は溜息を吐く。
「うちの一家……近々どこかと手を結ぶらしい。どこかはまだわからねぇが……その件でこそこそ動き回ってる奴らがいる。気に食わねぇよな、それ。おまえ達を四人まとめて始末しろってのも、おかしい。どうもその話とは無関係じゃないと思う」
 一つ息を吐き、更に続けた。
「オレはおまえが嫌いじゃねぇんだよ。面白い野郎だから。だから……この一件、もっと面白くしてみせろよ」
 何を言わんとしているのかを察し、ブチャラティは愕然とした。
 この巻き毛の追っ手は、この男をけしかけている。
「面倒見の良いおまえのことだ、もうこいつらを放っておくなんてことはしないんだろ?」
「わかってるじゃねぇか」
「ま、上には適当に言っておく。……死ぬなよ」
「死なねぇよ」
 その遣り取りが最後。
 追っ手は踵を返し、発信器を取り付けるべく歩き出す。
 その背中は隙だらけで、後ろから襲われることなど全く危惧していないかのようだった。
「……いいのか?」
 あのまま行かせてしまって。
 自分達の居場所を知られてしまうかもしれないというのに。
 が、ブチャラティの問いに、男は笑いながら答える。
「あいつも変な奴なんだ。何考えてんだか、さっぱりわからねぇ。でも……信じていい相手だ」
「そうか……」
「ああ」
 信じるというのなら。
 自分も、信じよう。
「さ、乗れ。行くぜ」
 男は再びフェラーリに乗り、ブチャラティを手招きする。
 自分達四人は、既に一括りにされているのだと知った今、彼等と別行動を取る意味は殆ど失われた。
 何処までも一緒に行くしかない。

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