3.
敵を一掃したのは、結局はバズーカの男。
ブチャラティの出番は全く無かった。
どちらかと言えば援護射撃的な武器を装備した男が、一人で敵のど真ん中に突っ込んで行ったのだ。それよりも射程の短いブチャラティの武器が援護するというのは根本的におかしい。
終わってみれば、山のような屍と、縛り上げられ転がされた二人の男のみが残る倉庫内。
それまでしっかりと担いでいたバズーカを、もう興味が無いとばかりに放り投げ、男は縛られている気弱な目をした一人に近づいた。
なるほど、この男の狙いは、そちらにあったのか。
未だブチャラティにとっては正体不明の男は、正体不明の虜囚を見下ろした。
「よう、ペッシ。いい様だな、おい?」
口を塞がれているがために、床を転がることしかできないが、縛られた男は目を輝かせて何かを叫んだ。
感激しているように見えた。
目にうっすらと浮かんだ涙が、ブチャラティの想像を裏付ける。
この男は、このペッシとかいう男を救いに来たのか。
と思った矢先。
ガスッという鈍い音が倉庫に響く。
何事かと見遣れば。
バズーカの男が、ペッシと呼ばれた男を力一杯蹴りつけているところだった。
「………」
何度も何度も蹴る。
そして顔を踏みつけた。
「このマンモーニがっ! オレの足引っ張るなって何度言えばわかるんだ? どうしてくれんだ、これ。おまえの間抜けのお陰で、オレは仲間を皆殺しにしちまったじゃねぇか!」
「……仲、間……?」
これ、と男が指差したのは、間違いなく転がる屍。
この死体が仲間だと言うのか。
ならばこの男は。
「……おまえ達……ディアボロ一家の……?」
ブチャラティの問いに、男は振り返る。
そしてにやりと笑った。
「そういうてめぇは、ポルポんとこのブチャラティだろ?」
面識のないはずの男に名を呼ばれた。ブチャラティは顔が強張るのを感じた。
「何で知ってるかって? 国内に組織が幾つあるか知ってるか? その一つ一つの、主要メンバーの顔と名前と経歴は、全部ここに詰まってんのさ」
男は自分の頭を軽く指で突いて見せた。
「オレは主要なメンバーなんかじゃ……」
「なんだ、謙遜かよ? ポルポが飼ってる猛獣は、ポルポでさえいつ噛みつかれるかわからないくらい獰猛だってのは有名だぜ? それに、ポルポんところが最近デカくなったのは、全部てめぇの手柄だそうじゃねぇか。どこの組織も、皆、おまえの一挙手一投足を瞬きもしねぇで見張ってるんだぜ?」
男は笑いながら屈み込み、今度は感激ではなく痛みのために涙ぐんでいるペッシの縄を解き出した。
「オレはこいつを連れ戻しに来ただけだから、そこでびびってる野郎のことなんざ知らねぇ。好きに始末しろよ」
ブチャラティの本来の目的である、チンピラ。
あの乱戦の中でも、男はわざと生かした。ブチャラティの為に。
「オレがはずみで殺しちまったんじゃあ、おまえの立場がねぇだろ。ほら、好きにしろ」
男は片足で丸まった小男を蹴りつけ、ブチャラティの方へと転がす。
「ペッシ、帰るぞ」
「で……でも兄貴ぃ……こんなことしちゃったら、兄貴、オレ達……」
やっと自由になったペッシが、不安げに愚痴を零し出す。
何が言いたいのか、ブチャラティにもわかった。
何があったか知らないが、仲間を殺めて無事で済むわけがない。帰れる場所が、この二人にはあるのだろうか。
「オレが来なくてもおまえは死んでた。違うか? これから先はちょっと面倒なことになるだろうが……死ぬのがちょっと遅くなっただけだろうが。だからてめぇはマンモーニだってんだよ!」
男はやっと立ち上がったペッシを再び蹴り倒し、靴跡が顔に残るほど踏みつける。
気分の悪くなるような血の香りが充満する倉庫で、ブチャラティは、足元に転がるチンピラと、敵対組織に所属する二人を交互に見遣った。
何かが、いつもとは違う。そんな気がしていた。
何かはわからない。だが、予感がした。
今日という一日が、これから始まるのだという予感が。
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