1.

 巨漢の幹部からの指令は、不条理だった。
「やってくれるね、ブチャラティ」
「はい、ポルポさん」
 逆らうことを知らない、従順な男の答え。
 いつでもどんな時でも、彼は「はい、ポルポさん」としか答えない。
 顎のラインに沿って切りそろえられた黒髪を揺らす彼は、まだ知らない。
 今日が特別な一日となることを。


 立ち並ぶ倉庫。
 一つ一つ番号を確かめ、ブチャラティは足を止める。
「ここか……」
 下っ端風情が欲を出し過ぎた。身の丈に合わない巨大な組織に喧嘩を売った。精一杯の虚勢は通用せず、捕らえられた。
 ポルポがブチャラティに下した命令。それは、口を割る前に消せ、だった。
 そのチンピラのバックに付いている組織が自分達であることを知られる前に。
 確かにそれは重要なことだった。
 下手をすれば、組織同士の抗争へと発展しかねない重大事だ。
 もし戦争になったら。その時は、無関係な一般市民まで巻き込んだ、過去に類を見ない規模のそれが何年も続くだろう。
 ブチャラティが知る限り、組織としての表立った争いは、もう二十年近くなりを潜めている。長い沈黙が、どれほどの鬱憤を互いに溜め込んだのか。それを思うと。
「やるしかない、か……」
 既にポルポは情報屋から、監禁場所を割り出していた。
 それがこの倉庫。
 ポルポの使う情報屋は、汚職にまみれた警官だ。だが職業柄、どんな情報も正確に拾い上げる。金さえ与えれば、仲間でも犯罪者でも売る。
 だからきっと、この中には、あのチンピラがいる。間違いなく。


 コンテナの陰から様子を窺う。
 中央に人が集まっている。不用心にも、見張りらしい見張りは立てていなかったので、近づくのは容易だった。
 敵対組織の人間は十人程度。中でも、拷問道具を準備する男が二人。一目でプロだと知れる。あんな男に責められたのでは、チンピラは三分と保たずに洗いざらい白状するだろう。
 間に合って良かった。
 いや、良くなかったのか。
 自分は彼を殺す為に来たのだ。だが辛い拷問を受ける前に死ねるのなら、それを幸いと呼ばなければ。でなければ仲間を殺めることなどできそうにない。たとえ面識はなくとも、仲間。
 預かって来た顔写真を取り出し、再度確認する。
 縛られている人間の顔と見比べる。
「………?」
 縛られているのは。
 二人。
 二人、いる。
 片方は知っている。今この手に握った写真に写った男。貧相な小男だ。
 もう一人は。
 見知らぬ男。
 身体は大きいが、気の弱そうな男。
 あれは誰だ。あれもうちの下っ端か? 捕まっているのは一人きりではなかったのか?
 中央へ飛び込み、あの小男に鉛玉三発食らわせ、そして逃げる。というつもりでいたのだが。
 予期せぬもう一人の存在に気を取られたがために、動くのが遅れた。
 狙っていたタイミングで飛び出せなかった。
 ブチャラティは知らなかった。
 自分と全く同じ呼吸で、同じように飛び出そうと狙っていた人物が、倉庫の丁度反対側に潜んでいたことを。
 僅かな迷いで出遅れた自分と違い、その人物は予定通り、十数人の男達の中へ飛び込んで行った。
 バズーカ砲を肩に担いで。

「2.弾道を読め」へ
疾風の兄貴Menuページへ
Topへ