Parce que c'est son bonbon
トリッシュは現在、部屋で亀を飼っている。
長期的に動物の面倒を見られない性格なので、一週間だけ試験的に借りている亀だ。
本来の持ち主はジョルノだと思われるが、専ら面倒を見ているのは何故かミスタらしい。
ああ見えて動物好きらしい彼は、この亀を連れ帰る前にくどくどと世話の仕方をレクチャーして来た。餌や水の話だけならまだしも、「そもそも亀という生き物と向き合うには……」と精神論まで展開し始めたので、トリッシュはわざと時計を見て、「いけない! 約束があるからこれで!」と、有りもしない約束をでっち上げて逃げ出した。
実際家に連れ帰って三日が過ぎたが、今のところ、ミスタが言うほど難しくはない。放っておいても死ぬことはなさそうだ。
それにこの亀は特殊だ。
気分転換に中の部屋で遊ぶこともできるし、何より、亀に住み着いているフランス人が陽気で面白い。相手をしていて退屈しない。
この人絶対、昔は相当遊んでたわ。その女の扱いの巧さに、たった三日でそんなことまで確信してしまえた。
「トリッシュ」
「何?」
着替えの間は亀に目隠しをする。
布を頭に巻かれた亀は、それでもしっかりと顔をトリッシュの方へ向けて話しかけて来た。
亀の目と幽霊の目は直結していないような気がするので、亀に布を巻いても無意味かもしれないが、それをすることによって、大人であるフランス人はトリッシュの意図を組み、着替えや入浴中は殆ど顔を出さない。
それが珍しく話しかけて来た。
トリッシュは急いでスカートを履き、亀から布を取り払う。
「どうかした?」
亀の中から顔を出さない男に少し焦れ、トリッシュは亀を両手で抱き上げ、顔を近づける。
「買って来て欲しい物がある。金はこの口座から出してくれ」
亀が隠し口座を持っている。なんとなく妙な気分。
「ジョルノから貰ったお小遣い?」
教えられた口座を控えながら、一番有り得そうな可能性を口にすると、亀は頭を振る。
「いや。元々自分で持っていたものだ。私用で金が必要な場合に備えて、今でも維持している」
確か彼は、なんとかというアメリカの財団と繋がりがあった。普通の社会人では持ち得ない口座くらいあっても、不思議ではないだろう。
問いただせばその辺りの事情くらい話してくれるのだろうが、いかんせん、未だ十代半ばの学生であるトリッシュには、そういった大人の事情の絡む複雑な話は理解できそうにない。なので、聞くのはやめておく。
「それで? 何を買えばいいの?」
「飴」
「あめ?」
「このくらいの大きさで、違う色が沢山入った物がいい」
「……って言われてもねぇ……」
「トリッシュが見て、可愛いと思う物にしてくれ」
「わかったわ」
亀に飴を食べさせても平気だろうか。
ミスタの説明を殆ど聞いていなかったのでわからない。聞いておけば良かった。
教えられた口座に、信じられない程ゼロがたくさんついた額が入っていたことに正直驚かされた。
こっそりおやつを買うために持っているお小遣いにしては、大金過ぎた。
それでも希望通りのキャンディーを一瓶選び、少し考えてからリボンを巻いてもらった。
ほんの悪戯心だ。
ミスタ達と違って、実は紳士なポルナレフを、トリッシュはそれなりに気に入っていた。ちょっと年の離れたお兄さん、といったところだろうか。さすがに『お父さん』と言うと本人に悪いので、『お兄さん』にしておく。
「でも、いい歳の子供とか、いてもいいくらいよね……?」
さすがに自分くらいの年齢は行き過ぎだろうが、十歳未満程度なら、不自然ではない。
そんないい大人が、飴を欲しがる。
もしかして、甘党?
甘党だと知られると恥ずかしいから、だから控えめに飴?
「……すみませーん、やっぱり、このケーキも一緒にラッピングして!」
勝手な想像を膨らませたトリッシュは、両手いっぱいの菓子を抱えて部屋に戻った。
「重かった……」
飴を買った店から、この部屋まで。およそ数百メートルの道のり。
その間、目についた全ての店で何かしら購入した結果、トリッシュの腕で支えられる限界の量を運ぶことになった。
「どうしたんだ……こんなに……?」
「買い物に行って、飴一瓶だけなんておかしいわよ。どう? これだけあれば満足でしょ?」
「満足……」
テーブルに次々と並べられるそれらを見つめ、ベッドの上の亀は首を伸ばしたりすくめたりを繰り返す。
「気にしなくていいわよ。貴方のお金だから」
普通は他人の金だからこそ遠慮するのだが、トリッシュの場合は多少ずれている。
「さあ、どれから食べる?」
「いや……この飴だけでいい」
「何言ってるのよ。甘党が飴だけで足りるわけないでしょ」
既にポルナレフが甘党であることはトリッシュの中で決定事項になっているが、突然そんな単語を出されたポルナレフは、やっと亀の中から顔を出し、溜息を吐く。
「トリッシュが買って来てくれたんだ。トリッシュがまず選ぶといい」
「そう? じゃあ、これとこれ」
皿とフォークを取り出し、傍らの椅子に亀を座らせ、見下ろす。
「どうしたの? 食べないの?」
「いや……食べるが……今日は、妹の誕生日なんだ」
この男に妹がいた。初耳だ。
「でもどうして飴?」
「なんとなく。今日は、頭に飴が浮かんだ。それだけだ」
「ふうん……?」
多分、トリッシュにわからない理由があるのだろう。
きっと、去年は別の何か。来年も、飴ではない何かを、ポルナレフは誰かに頼んで買って来てもらう。そして妹を思い出す。
「いいわ、食べましょ。どれにする?」
ところ狭しと並べられたケーキやクッキーを指差した。
が、亀は神妙な顔付きでトリッシュを見上げる。
「悪いが……全部食べてくれ」
「どうして?」
「どうしてって……」
きょとんと小首を傾げるトリッシュに、亀はバツが悪そうに目を逸らした。
そして数秒、間を置いて。
「悪いが……亀はケーキを食べない」
直後、トリッシュの部屋から上がった絶叫。
「なんですってー!! どうするのよ! 太るじゃないのー!」
同日、ジョルノの元に、亀とケーキを持ったトリッシュが訪れ、俯き加減にそれらを差し出した。
「亀の面倒見るのって大変だってわかったから、返すわ」
「gateau-6.Do you dislike it?」へ
7/gateau Menuページへ
Topへ