neuf.Yukako Yamagishi
誕生日には花が欲しいと思った。歳の数だけ、薔薇の花を。
しかし口には出さなかった。
当日、康一が由花子に差し出したのは、可愛らしいボトルに入った香水だった。
クリスマスにも花が欲しいと思った。両手一杯の花束を。
これも、口に出すことはなかった。
だから当然、康一が用意したのは違うプレゼント。
「康一くんはどうして花をくれないのよ!?」
カフェ・ドゥ・マゴでジュースを啜っていた仗助と億泰は、いきなりやって来て座るなりテーブルを叩いて叫んだ由花子に唖然とした。
「な……何の話?」
「康一くんよ! どうして花をくれないの!?」
「……いや、意味わかんねぇよ」
それについての説明をするより先に、まずプリンアラモードを注文し、由花子はふっと溜め息を吐く。
この辺りの唐突さについては、もう二人も十分慣れていたので、今更驚きはしないが、それでも何か突然わけのわからないことを詰め寄られている以上、由花子から目を逸らすことができない。
次にいつ爆発するかわからないから、目を離すわけにはいかない。反応が遅れると、逃げ遅れることになるのだから。
「聞くけど、あんたたち、女の子に花を贈ったこと、ある?」
聞くだけ無駄なことを聞く。
当然、二人は同時に首を横に振った。
「そうよね。康一くんでさえしたことないのに、あんたたちにあるわけないわよね」
随分失礼な話なのだが、逆らう気のない二人はまた黙ってストローをくわえる。
「ねえ……誕生日でもクリスマスでもないなら、いったいいつ花をくれるの!?」
そんなことは康一本人に聞け。
とは言えないので、二人は同時に顔を見合わせる。
そして。
「そういうことは、オレ達より噴上に聞いた方が早いんじゃねぇの?」
自分達が被害を被る前に、他に移そうという魂胆だった。
すかさず仗助は買ったばかりの携帯電話で噴上を呼び出す。
偶然にも近くにいたので、五分と掛からずに来るだろう。
「あいつの話なんか、参考になるのかしら?」
「なるんじゃねぇの? 岸辺露伴よりましだろ」
「それもそうね……」
男女の微妙な関係について、まともな意見を言えそうな人間が殆どいない、というのも何か問題かもしれないが、残念ながら事実だ。
億泰は既に、由花子から見えないようにそっと鞄を持ち上げ、いつでも待避できる体勢を整えつつあった。
仗助も、伝票を掴める位置に手を構え、すぐに立ち上がれるよう準備している。
由花子はそんな二人の様子に全く気づいていない。相変わらず上の空で溜め息を吐き、運ばれて来たプリンアラモードをスプーンでつつきまわす。
「オレに相談って何だ?」
いいタイミングだった。
「待ってたぜ、噴上!」
「由花子の相談に乗ってくれ!」
二人に揃ってそう言われ、噴上は一瞬面食らう。
噴上も、この女が苦手なので。
「オレ達は邪魔だろうから……」
「いや、一緒に聞こうぜ。人数多い方が解決するのも早いだろ?」
逃げだそうとする二人を牽制し、噴上は二人の袖をしっかりと握ってテーブルに着く。
仮に逃げたとしても、スタンドで追いかければ捕まえられる。
「で? 何だって?」
誰かの奢りになると確信した上で、噴上はメニューを開き、のんびりと選びながら由花子を促した。
「花?」
「そう、花だ」
花を贈るのはどんな時か。
その問いに、噴上は迷うことなく答える。
「機嫌取る時」
「………」
「………」
「………」
人選を誤ったか。
三人がほぼ同時に、あらぬ方向を見て息を吐く。
質問の意図を正確に理解していないらしい。
「そうじゃなくてよー……」
「もういいわ。あんたたちじゃあ、話にならない」
最初からわかっていることだった。
男三人は由花子の髪の毛が蠢いていないことだけを確認し、胸を撫で下ろす。
「いや、待て。噴上もちょっと冗談言っただけだよな? な?」
「本当はちゃんと考えてんだろ?」
下手に機嫌を損ねると、この場で絞め殺されそうな気がするので、二人は必死に噴上に詰め寄る。
「……なんでオレなんだ? おまえらも考えろよ?」
「オレ達は女に花渡したことなんかないからな」
自慢にならないことであっても、億泰は胸を張って口にする。
由花子の目の前に皿の中では、まだ一口も手をつけていないプリンが無惨にもスプーンによって潰されている。
なんとなく、自分達の一時間後の姿を暗示されているようで、三人は身震いしてしまう。
数分後。
噴上が改まって椅子に座り直し、今度こそ真剣に考えた意見を述べる。
「花ってのはそう簡単に渡せるようなものじゃないからな」
「で?」
そこでなぜか自信なげに視線を逸らし、噴上は小声になる。
「……外国とかでよく、バレンタインに男の方からもプレゼントしてるよな?」
日本では、『告白』と『チョコレート』の日としてしか認識されていないが。
「だから、そういう時に花ってのも……」
「女の子好みだわ!」
この話の信憑性について、噴上は殆ど自信がなかったのだが、由花子が身を乗り出して叫んだので、気づかれないようにほっと息を吐く。
先日、偶然道で会った岸辺露伴に聞いた話が、確かそういう感じだったのだ。だが、うろ覚えだったので、今自分で口にした程度のことしか記憶に残っていない。
「康一くんは、バレンタインに花をくれるのね!」
「え……いや、それは……」
康一に確認をしなければわからない、と言いかけた三人を完全に無視し、由花子は席を立つ。
「ありがと、またね!」
食べることなく放置されたプリンの代金を払うことも、綺麗に忘れているらしい。
取り残された三人は顔を見合わせ、そしてぼそぼそと囁き合う。
「……後から、康一に教えてやれよ?」
「バレンタインまで忘れなきゃいいけどな」
「それより、誰がこれを全額払うんだ?」
自分で払う気など最初から無かった噴上の、遠慮の無い追加注文のお陰で、伝票の数字は最初の三倍になっている。
「誰って……」
お互いに、互いの目を見る。
懐に余裕のある人間はいない。
「わかった。呼ぼう」
仗助はまた、懐から新品の携帯電話を取り出し、岸辺露伴の自宅をコールした。
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