dix.Giorno Giovanna
久しぶりに街並みを見たくなって、一人でこっそり外出してみた。
雨上がりの街は喧噪に包まれていた。
十年経っても全く変わらないその様子に、ジョルノは満足した。
しばし立ち止まり、道行く人々を見る。
麻薬の呪縛から解かれた街。時間はかかったものの、やっとここまで来ることができた。
と。
ぼんやりしていたためか、横合いから現れた通行人と思い切りぶつかってしまった。
「すみません、大丈夫ですか?」
弾みで地面に手をついてしまった青年に手を差し伸べ、ジョルノは怪我がないか確かめる。
「いや、こちらこそ。よく見ていなかったから」
「いえ、これは僕の責任……」
頬にかかる黒髪を掻き上げ、青年が顔を上げた時、ジョルノは思わず目を見張る。
知っていた人物に、どこか似ているような気がしたので。
「? ……何か?」
「あ、いえ……」
記憶の中にある顔は、もしかしたら十年の歳月の中で少しずつ美化されていたのかもしれない。現実に存在していた彼は、もしかしたら目の前の青年と酷似していたのかもしれない。
だが全ては不確かなことで。
何が真実なのか、もうわからなくなってしまうほどの時間が過ぎていて。
「すみません。黒髪の友人を思い出してしまったので……」
「ああ、お気にならさず。では」
「ええ、すみませんでした」
相手はどうやら、自分がギャングのボスだとは思ってもいないのだろう。
ごく普通に頭を下げ、去って行く。
その後ろ姿を見送って、ジョルノはまたゆっくりと歩き出す。
だがすぐに、その歩みは止められる。
先程の青年に駆け寄る、長身の影を見たがために。
「……ッキオ……?」
ジョルノの呟きは、二人には届かない。
髪が長いわけでもなく、服装に趣味も全く違うのだけれど。
なぜかその青年も、彼を彷彿とさせた。
改めて見れば見るほど、ぶつかった黒髪の青年も、彼に見えて来る。
先程はただ、なんとなく似ていると思っただけなのに。
立ち止まって、何か親しげに言葉を交わす二人が、まるで十年前の光景の再現のようだった。
こんなことをしてどうなる、と自分でも思う。
なぜかジョルノの足は二人の方へ引き寄せられ、そしてついには二人の真正面に立った。
「誰?」
「ああ、さっき彼とぶつかったんだ。……何か?」
声も、似ているような気がする。
いや。
こんな声だった。
二人とも、これと同じ声で話していた。
こうやって笑う顔も、何気ない仕草も、確かに見覚えのあるものばかり。
「……どうか? どこか怪我でも?」
「何なんだ、あんた? さっきからじろじろと人の顔見やがって」
「おまえは黙っていろ。……ああ、こいつのことは気にせずに。口が悪いだけだから」
かけるべき言葉が何一つ見つからない。
名前を聞くことすら、できない。
きっと、他人なのだろうから。
それを敢えて確認したくはなかった。
今この瞬間だけは、彼等だと思い込みたい。
ジョルノより年上でもなければ、ギャングですらない二人なのだけれど。
「どうかしたんですか? オレのせいなら、医者に診せた方が……」
「いえ……お二人が、友人によく似ているので……懐かしくて……」
ただそれだけなんです。
逸らした目に映ったのは、小さな花屋。
十年以上前からこの街にある花屋。
「少し、待っていてもらえますか?」
ジョルノはそれだけ言い残して花屋に駆け込み、店主に早口にまくし立てた。
「何でもいいから、早く花を! 急いで!」
ジョルノの顔を覚えているらしい店主は慌て、手近な花を掴んで手渡した。
「幾らです?」
「お代は後で結構ですよ、急いでいるんでしょう?」
「すみません、後でまた来ます」
店主の好意に甘え、ジョルノはまたすぐに路地で待つ二人の元へ戻った。
「これを、貴方達に」
「は?」
唐突に男から花など差し出され、当然のことながら二人は面食らう。
しかしジョルノはこの僅かな間で幾分余裕を取り戻したのか、笑顔で二人に向き直る。
「ぶつかったお詫びですよ。受け取ってください」
「……どうも」
納得の行かないらしい黒髪の青年は、それでもゆっくりとそれを受け取る。
「それから、一つだけ聞かせてください」
「?」
「お二人の職業は?」
何かを願うように、ジョルノはその質問を口に乗せる。
たった一つ、ジョルノが絶対に聞きたくない答え以外ならば、何だって良かったそれ。
青年は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「二人とも、まだ学生です。今は大学の休暇中なので、地元に戻っているんですが」
その言葉を、期待していた。
いや。『ギャング』でないのなら、本当に何でも良かった。
「……毎日は、楽しいですか?」
「まあ、どちらかと言えば。それなりには。最近、隣の部屋に越して来た高校生の世話とか、こいつの面倒見たりとか、色々と楽しいかな?」
本当は、その新たな隣人にも心当たりがあったのだけれど。
これ以上は不審に思われるので、やめた。
「貴方は? 楽しい?」
逆にそう問われ、ジョルノは微かに微笑んで頷いた。
「ええ、こういう出会いも時々あるのなら、とても」
結局、名は聞かなかった。
住所も、何一つ。
また同じ偶然でもない限り、二度と会えないと知っていながら。
それでもジョルノは何も聞かずに二人を見送る。
「ジョルノ?」
突然背後に立った気配に、ジョルノは苦笑する。
見計らったかのような登場は、おそらく随分前から近くで様子を伺っていたからなのだろう。
「いつから見ていたんですか、ミスタ?」
振り返った先には、ばれていたのか、と苦笑いを浮かべるミスタがいた。
「ブチャラティ似の奴にぶつかった時から」
「そうですか。帰りましょうか」
「ああ」
ミスタを促し、ジョルノは来た道を引き返す。
もう姿は見えないのだけれど、ジョルノが反対方向に進めば進むほど、あの二人からどんどん遠ざかるのだと実感する。
多分、もう会うことのない二人。
「花屋の代金、払っておいたぜ」
「ありがとうございます」
おそらくミスタのことだから、ジョルノが抜け出した時からずっと後ろをついて来ていたのだろう。
信用されていないのか、ただ単に心配性なだけなのか。
やはり無断で出掛けるのはやめようかと思う。
こっそり抜け出したつもりでも、こうやって後をつけられているかと思うと、心底愉しめそうにない。
出来ることなら、純粋に一人きりの休日を楽しみたいと思う。
歩きながら、ふと先程のミスタの言葉を思い出す。
「ああ、そうだ」
「何?」
「一つ訂正しておきます」
さっきミスタが言った言葉の中に、間違いが一つだけあった。
「彼は『ブチャラティ似』なんじゃないですよ」
「は?」
自分で言ったのに、もう忘れてしまったのだろうか。
ミスタは何のことなのかと問いかけたが、ジョルノは構わず、それに答えることなく歩き続ける。
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