cing.Yuya Fungami

 珍しく、少しだけ狼狽えてしまった。
 というのも、柄ではないとわかっていながらついつい取り巻きの女の子達につられて縁日などに来てしまって、「裕ちゃんいいとこ見せて」の言葉に冗談半分射的なんかをやってしまって、ちょっといいところを見せてみようかなんてそれなりに狙ってみたら本当に当たってしまい、しかもそれが、なぜか的に紛れ込んでいた女性用の髪留めだったりして、それがたった一つしかない品だったから。
「おっちゃん、同じの、あと二つある?」
 念のため聞いてみても、店主は笑顔で首を横に振ってくれる。
「兄ちゃん運がいいね! そいつが最後の一個だよ!」
 運が悪いの間違いだろう。
 この両腕にべったりまとわりつく三人の女が目に入らないのだろうか。
 一つしかない品を前に、どうしろというのか。
 手の中にあるのは、カトレアをあしらったらしい、本当にちゃちなバレッタで。
 こんなもの、駅前のデパートのワゴンの中で一個百円くらいで売っていてもおかしくないってのに。
 さりげなく三人に目をやれば、物欲しそうにこの小さなカトレアに視線を注いでいる。
 噴上の手から貰える物ならば、どんな玩具でも嬉しいのだろうが。
 だが今回は。
 一個しかないこれを、どうしたものか。
 噴上が大事に保管していても無意味な品だ。
 誰かにやってしまうのが一番だが、この三人から一人を選ぶことはできない。かといって、通りすがりの見知らぬ女に渡そうものなら、この三人がむくれるのは間違いない。
 どう処理するのが一番だろう。


 さりげなくその場を離れ、三人にはたこ焼きを買ってやる。
 自分はバイトだってしていて、財布は十分すぎるほど膨れている。その気になれば、もっとまともな髪飾りを三人に一つずつ買ってやることだって造作ない。
 だというのに、今はこの玩具のような髪留めが、あと二つどうしても手に入れられない。
 未だにポケットの中にあるそのカトレアを、噴上は三人の目の届かない所へ放り投げて帰りたい気分になった。
 と、そんな時。
 目に入った一枚の手書きの張り紙。
『ジャンケン大会! 飛び入り参加お待ちしてます!』
 下に続く、賞品の目録。
 第十位。
 女の子用ヘアアクセサリーセット。
「ヘアアクセサリー……セット……」
 セット。複数。髪の飾り。複数。女の子用。複数。
 これだ!
 数さえあれば、その中にこの厄介なバレッタを紛れ込ませて、後は適当にこの三人で分けさせればいい。
 それで解決する。
「あれ、面白そうだな! オレ、ちょっと行って来る」
「えー? 裕ちゃんらしくない」
 何と言われようと、参加したいものは参加したい。
 誰のためってそれは、この三人のためなのだから。


 抵抗が全くなかったわけではない。
 参加者の殆どが子供だ。稀に紛れ込んでいる大人も、実のところ子供達の保護者。
 そんな中に一人、噴上がいる。
 悪目立ちしている。
 けれど背に腹は代えられない。
 やるしかない。
 せめてこんなほのぼのとした催し物に自主的に参加している場面を知り合いに見られないことを祈るのみ。
 が、そうそう全てうまく願い通りには行かない。
「噴上!」
 遠巻きに参加者達を眺めていた人垣の中から、自分を名指しする声。
 ぎょっとして周囲を見回すと、両手を大きく振って存在をアピールする仗助と億泰を見つける。
「……男二人で縁日なんかひやかしやがって……」
 見られなくてもいいはずの姿を見られたことで、噴上は小さく毒づいてしまう。
 その声はおそらく二人には届かないだろうが、顔にははっきりと出ていたので、仗助は意地の悪い笑みを浮かべる。
 やばい。
 絶対後で、あちこちに吹聴される。
 噴上が子供達と仲良くジャンケン大会で遊んでいた、と。
 どこかの小学生のように、ジャンケン好きというわけではない。子供と遊ぶのが好きなわけでもない。
 ただ、十位になりたい。
 そして賞品を貰いたい。
 今このポケットの中にあるカトレアのバレッタが招いた、不測の事態。
「頑張れよー! 噴上!」
「裕ちゃーん!」
 仗助に敵意を持っているせいか、億泰のかけ声に、アケミまでが絶叫する。
 となれば。
「裕ちゃん! 絶対優勝!」
「裕ちゃーん!」
 だんだん、恥ずかしくなって来た。
 なんだって自分が、こんなに声援を受けなければならないのか。
 これではまるで、子供相手でも本気で勝ちに行く、岸辺露伴のように思われてしまう。
 違う違う。
 ただあのヘアアクセサリーセットが欲しいだけだ。
 優勝なんかしたくない。ただ、十位にさえなれればそれでいいのに。
 どこか格好つけな噴上は、そんな思いは絶対に口にしない。だから誰も、噴上の真意には気づかない。
 何のためにジャンケン大会などに参加しているのか、本当の事情に誰一人気づかぬまま、妙な誤解だけが周囲に伝わって行く。
「お兄ちゃん、負けないからね!」
「僕が優勝するんだから!」
 見ず知らずの子供に対抗意識を燃やされ、噴上の笑顔は引きつる。


 所詮、小規模な町内の縁日の、それも子供ばかりが参加するジャンケン大会だけあって、その経過は非常に淡々と、しかも面白みに欠けたまま進行して行き、あっという間に全対戦が終了してしまう。
 町内会長の中年男性がマイクを片手に仰々しく成績発表を行うのを、噴上は呆然と聞いていた。
「さあ! 第十位は……五年生のしょうくん!」
 呼ばれた小学生は壇上に上がり、噴上が本当に欲しがっていたヘアアクセサリーセットを受け取る。
 嬉しそうな顔一つせずに。
 少年が貰っても仕方のない物だけに、当然の反応だが。
「裕ちゃん? どうしたの?」
「……いや……」
 なんとかあれを、あの少年からうまく譲り受ける方法はないだろうか。
 そんなことを考えていると、横に立つ仗助が肩を軽く小突く。
「おい、呼ばれてるぜ?」
「あ?」
「おまえも賞品貰って来いよ」
「え……?」
 そういえば、自分は何位だったのだろう。
 十位でなければ意味が無かったから、全く気にしていなかったが。
「優勝の噴上くん? いないんですかー?」
 自分の名前が会場中に響いている。
 優勝?
「いいなー兄ちゃん。オレもあれが欲しかったのに!」
 一緒に参加していた小学生達が向ける羨望の眼差し。
 ……勝ちすぎだ。
 十位で良かったのに。
 しかも注目されすぎだ。
 これでは誰が見ても、小学生相手に本気で優勝する気で張り切っていたバカな大人だ。
 だからといっていつまでも出て行かないと、名前を連呼されるだけ。
 仕方なく、噴上は前に出る。
「優勝の噴上くんには、岸辺露伴先生の直筆サイン入りの単行本セットをプレゼント!」
 陽気な言葉と共に手渡されたのは、確かにあのイカレた漫画家の本。
「……いらねぇ」
 ぼそりと呟いた声は、町内会長の耳には入らなかったようだ。
「いやあ良かったねー。先生に頼んで特別にサインを入れて貰ったんだよ? 大事にするんだよ?」
「……はい」
 少しくらいは嬉しそうな顔をしてくれ、と目で訴えられている。それはわかっていたが、十位を逃し、その上こんな厄介な物まで押し付けられて、はしゃぎ回れるわけがない。
 だがそれも、ステージから降りるまでで、下に戻ってすぐに噴上は名案を思いつく。
 そうか。
 小学生達の目当ては、これだったのか、と。
 ということは、あの十位のしょうくんとやらも、これが欲しかったに違いない。
 うまいこと言って、賞品を交換してもらおう。


 すぐにその少年は見つけられた。
 例のセットを受け取った時に、穴が空く程見つめていたので顔を覚えていたのだ。
「おい、坊主! ちょっと話があるんだけどよ?」
「あ、優勝のお兄ちゃん」
 物陰に強引に連れ込み、仗助達に見られていないことを確認した上で、噴上は早速本題に入った。
「とりかえるの? 僕のと?」
「そう、おまえも、露伴のサイン本、欲しいだろ?」
「うん……でも、もうさっちゃんと取り替えちゃったよ?」
「さっちゃん?」
 誰だそれは。
 少年が指差した方角には、母親に連れられ、今まさに帰路につこうとしている女の子。
 すでにヘアアクセサリーセットは開封され、その中の一つは彼女の髪につけられている。
「僕、変身セットの方が好きだもん」
 そう言って、噴上に見せたのは、特撮ヒーローの変身アイテム。
 どうやら少年と女の子の間の利害が一致したらしい。
「………」
「じゃあね、お兄ちゃん!」
 変身ポーズを取りながら、少年は人混みに消えて行く。
「……なんだよ、それ」
 かかなくてもいい恥を掻き、欲しくもない本を貰い、そして何にもならなかったこの交渉。


 しかし、ジャンケン大会に出たことは、全くの無意味ではなかった。
 優勝したという興奮からか、三人はすっかり例のバレッタの存在を忘れてしまい、しばらくの間彼女たちはその話題ばかりを口にした。
 ポケットに偲ばせたままのカトレアのバレッタは、その後何時間か噴上の手元にあったが、どこかで落として来てしまったらしく、帰宅した後どれほど探しても見つけることができなかった。

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