quatre.Caesar Anthonio Zeppeli

「おい、シーザー! 何処に行くんだよ!」
 足早に街を抜けるシーザーの後ろから、小走りに追いかけて来た相手が誰なのか、嫌というほど知っている身としては、できることなら無視したかった。
「着いてくるな、JOJO」
 振り返らずにそう言い捨て、シーザーは時計を見ながら更に急ぐ。
「早く帰らねぇと、先生に怒られるだろうが!」
「バレなければ大丈夫だ。心配なら一人で先に帰ればいいだろう」
 真後ろの大男は、小さく舌打ちしたようだった。
 本当に先に帰ってくれた方が嬉しいのだが、人の良いこの男は、きっとそうしないだろうという予感がある。
 着いて来るなと言っても、きっとこのまま何処までも後ろにぴったりと張りついているだろう。
 最も、邪魔さえしなければ構わない。
「何処に行く気なんだ? もう予定より二十分もオーバーしてんだぜ?」
 ジョセフの焦った顔が、いつの間にか目の前にあった。
「何処って……ここ」
 ぴたりと立ち止まり、シーザーはすぐ横の店を指差す。
「ここ?」
「ここだ」
 ジョセフは再度確認した後、その店をじろじろと見つめる。無粋だ、あまりにも無粋だ。
「花屋?」
 そう。どこにでもある、普通の花屋。
「花だったら、さっきのとこでも売って……あっ、まさかここにおまえ好みの美人がいるのか!?」
「JOJO……いつも思うんだが、どうしてそういう発想しかできないんだ?」
 そんなに自分は、女好きだと思われているのだろうか。
 まるで女なら見境無く口説いて回っているようで、なんだか不愉快だ。
「だっておめぇ、いっつも街に来るたびに女の子に声掛けてるから」
 ……無類の女好きだと思われているらしい。


 気を取り直し、シーザーは花屋に入る。
 やはり後ろからはジョセフが着いて来ていたが、この存在は見えないことにする。
「シニョリーナ、いつもの花はあるかい?」
 店先にいた、まだ若い店員に声を掛ける。
「……やっぱり女目当てなんじゃねーか」
 シーザーが声を掛けるのと同時に、後ろからぼそっとそんな言葉が聞こえて来た。だが無視すると決めた以上、いちいち反応したりはしない。
 平然と先を続ける。
「どうしても君の手から買いたくて、また来てしまったよ、シニョリーナ」
 言いながら、職業柄荒れがちな小さな手にそっと触れる。
「ごめんなさい、シーザー。運が悪かったわね、たった今、別のお客さんが買い占めて行ったの。他の花でもいい?」
「ああ、勿論だとも。君を悩ませるつもりはないんだ。だったら今日は、君の好きな花をこの僕に手渡してくれないか?」
 まだ手を離さず、そっと指先に口付ける。
 なんだか後ろで、誰かが悶えているようだが、そんなことはどうでもいいことなので放っておく。
「……頼む。やめてくれ……」
 絞り出される声は、随分と苦しそうだ。
 大袈裟な奴だ、とシーザーは思う。
 これくらい、普通ではないか。
 女性に対しての礼儀だ。最低限のマナーだ。
 こんなことで拒絶反応を示してどうするのかと思う。
 だいたいまだ、自分は彼女を口説いていない。ただ挨拶をしていただけだというのに、何故そんなに苦しまなければならないのだろう。
 気にしないようにしようとしても、後ろで唸られては気が散る。やはり手段を選ばずに、波紋を使ってでも置いて来るべきだった。


 花屋の店員お勧めの花何種類かで作られた花束を受け取り、シーザーはまた丁重に礼を述べ、店を後にする。
 勿論、その礼の言葉を紡いでいる間も、後ろのジョセフは暴れ出さんばかりに身悶えていたが、シーザーは視界に入れることなく終わらせた。
「おめぇ……どういう神経してんだ?」
 帰り道、やっと立ち直ったらしいジョセフが話しかける。
「JOJO、いい加減慣れてくれないか? オレは何処に行っても、あれくらいはしているだろう?」
 あんなのはまだ軽い方だと思う。
 本気で口説きに入ったら、あんなものでは済まない。
 それについては、ここで言い合ってもけりはつかないと思ったか、ジョセフは違うことを口にする。
「……男が花抱えて嬉しそうな顔して歩くなよ」
 嬉しいのだから当然だ。
 目当ての花は無かったが、これはこれで良いと思う。やはりあの女性はセンスが良い。シーザーが好んで買う花とどこか共通したイメージを抱かせる物を用意してくれた。
「だいたいよー、そんなの買ってどうすんだよ? 持って帰っておめぇの部屋に飾るのか?」
「まさか。そんな勿体ない使い方ができるか。折角の美しい花達に、オレの殺風景な部屋なんか与えたら失礼だ」
「……そういう言い方やめろ」
 何が気に食わなかったのか、また震え始めている。
 自分が変なことを言ったつもりなど微塵もないシーザーは、その理由がわからず眉を寄せる。
「何かおかしかったか?」
「その……花を人扱いした……」
 言われて、今し方の自分の台詞を思い出すが、何処にも不自然な点はない。至って、いつも通り。
「JOJO……今更言うことじゃないかもしれないが、おまえとオレとは根本的に話が合わないらしいな」
 吐息と共に吐き出された言葉に、ジョセフも大きく振りかぶる。
「わかってるなら、もっと普通の言い方してくれ」
 自分にとっては、これで普通なのだが。
 いつまでの付き合いになるかわからないが、このイギリス人とは本当に合わなくて困る。事が済めば、もう会うこともないのだろうが、それもはっきりとは言い切れない。
 先のことなど、何一つわからない。


「それで? その花どうするわけ?」
 未だにジョセフは、シーザーがあの女性に会いたくて花を買ったと思い込んでいるらしい。
 これは誤解を解くべきだろうか。
「JOJO、オレは女に会うためのダシとして花を買っているわけじゃない」
「……ふーん」
 信じていないらしい。
 だがここで打ち切ってしまうわけにもいかず、シーザーはイライラしながら先を続ける。
「これは先生の部屋に飾ってもらうために買っているんだ」
「は?」
 シーザーが、リサリサのために花を買うのが、そんなにおかしなことだろうか。ジョセフの口と目が同時に大きく開かれたのを見て、シーザーは少しだけむくれる。
「いつも外出する時には買っているんだ。向こうに戻ったらスージーQに渡している」
「初耳だぜ?」
 それはそうだ。
「わざわざ言うほどのことじゃない」
 まだ訝しげな表情のジョセフには構わず、シーザーは舟の場所へと急ぐ。花を作ってもらったために、いつも以上に遅れてしまっている。
「それって、先生は知ってるわけ?」
「さあな。スージーQが喋っているんじゃないか? これはシーザーが買って来てくれた花です、とでも」
 別に自分はどちらでもいい。
 リサリサの部屋に、常に美しい花が添えられているのならば、それで十分なのだから。
「なあ、おまえってやっぱり先生のこと……」
「急げ、JOJO! 本当に先生に怒られる時間だ!」
 今ジョセフが何を言いかけたか、シーザーは知っていた。
 だがそんな話題になってしまうと何かと面倒なので、わざと途中で遮った。
 シーザーは聞こえなかった振りをすることでそれをかわし、ジョセフを促して走り出す。

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