deux.Dio Brando

 学校から帰って来た途端、先に帰っていたジョナサンと目が合った。
 何か言いたげな視線を感じ、ディオは眉を寄せ、わざと見下したような視線を投げかける。
 途端に、ジョナサンは赤面して目を逸らした。
 よほど悔しいのだろう。
 屋敷にいても学校に行っても、どこでどんなことをしようと、ジョナサンは絶対にディオに勝てない。
 しかも時々卑怯な手を講じていると気づいているから、ジョナサンは余計にディオを許せないらしい。この屋敷に来て二年、まだジョナサンは自分に屈服しない。
 構うのも面倒なので、ディオはすぐに階段に足を掛け、自分の部屋に戻ることにする。
 踊り場に立ち尽くしたまま、行き場を見失ったジョナサンとすれ違う。
 その瞬間さえも、ディオは油断したりしない。
 常に互いの立場をわからせてやらなければならないので、余裕の笑みを絶やさず、それでいて無視するように横を擦り抜ける。
「ディオ!」
「何だ?」
 ジョナサンとすれ違って三歩進んだところで、やっと声が掛かった。
 首だけ巡らせて問いかけると、ジョナサンは両拳を握り締めて近寄って来る。
 呼び止めたのは相手の方なのだから、自分から降りて行ってやる必要はない。ディオはその場で待つ。
「少し、いいかな……?」
「宿題を先にやった方がいいんじゃないか、ジョジョ? 苦手な科目だろう、今日の課題は」
 見事に正反対な二人は、そういう面でも反比例するかのようで、今日の課題はディオの得意科目だった。
「ああ、それとも教えて欲しいのかい? いいよ、特別に君の講師になってやるよ」
 特別に、という部分を強調し、またジョナサンの自尊心を抉る。
 またカッと顔を染め、ジョナサンはディオを睨みつける。
 その程度の視線、痛くもかゆくもない。
「……自分でやるからいい」
 殴りかかるかと思ったが、ジョナサンは唇を噛み締め、俯き、押し殺した声で呟いた。
 またお決まりの優しい発想で、良い方へ解釈しようとしたんだろうな。ディオはそう推測する。
 どうせまた、「ディオはそういう言い方しかできないだけで、悪気はないんだ」とでも思い込もうとしているのだろう。
 とんでもない誤解だ。
 悪気があるから、わざとそういう言い方をしてやっているというのに。
「そう? じゃあ、課題が終わったら部屋に来いよ。夕食までに終われば、の話だけど」
 ジョナサンの返事は待たず、ディオはまた階段を上り始めた。


 案の定、夕食前に、ジョナサンが部屋に来ることはなかった。
 想像通りの結果だ。
 ディオは一人きりの部屋で微かに笑う。
 今頃はきっと、机の前で頭を悩ませていることだろう。そんなジョナサンの焦った顔すらも鮮明に思い浮かべられ、今度は声を出して笑う。
 ディオに馬鹿にされたから、何がなんでも夕食までに終わらせようと必死になっているジョナサン。けれどきっと、食事までには間に合わない。
 食堂に降りて来たら、「わからないところがあるなら言ってくれ」とでも囁いてみようか。
 ああ、もちろん、ちゃんと懇切丁寧に教えてやる。
 わざとらしいくらい優しく、家庭教師をしてやろう。
 それでジョナサンが屈辱を感じるなら、多少の手間など安いものだから。
 かつてジョナサンから取り上げた時計で時刻を確認し、ディオはベッドから身を起こす。
 そろそろ下に降りる時間だ。
 ジョナサンはどんな顔で部屋から出て来るだろう。


 ジョースター卿は留守にしていたため、夕食は二人きりだった。
 向かい合っていながら、ジョナサンは絶対にディオの方を見ようとしない。
 相変わらず食器をカチャカチャ鳴らしながら、早く食べ終えて退席しようと考えているらしい。
 それはディオと二人きりが気まずいのか、それとも終わらない課題の続きをしたいからなのかはわからないが。
 ディオは余裕の笑みで、優雅な手つきを披露する。
 ほら、こうやって楽しい食事時でさえ、ジョナサンは卑屈な態度を取る。ディオに敵わないことを知る。
 そんな姿を見ているだけで楽しい気分になれる。ディオにとっては最高に楽しい時間だ。
 だからこそ、ディオは執拗なまでに、ジョナサンを見つめる。
 絶対にジョナサンはこちらを見ない。
 知っていて、わざと見てやる。
 この視線を感じ、ますますジョナサンが居心地の悪い思いをするのだ。それが何より楽しい。


 食事の後、ジョナサンはすぐに自室へと引き揚げた。
 課題の続きをするのだろう。
 その頃にはもう、ディオは夕刻階段で呼び止められた時のことなど綺麗に忘れ去っていたので、ジョナサンが何のためにそこまで必死になっているのか、気づかなかった。
 当然、数時間後、誰かが部屋をノックした時も、誰が何の用で来たのか、全く見当がつかなかった。
「どうぞ」
「ディオ、今いいかい?」
 おそるおそる顔を覗かせたジョナサンに、ディオはやや訝しげな視線を向ける。
「構わないよ、どうぞ」
 ベッドから降り、ディオはジョナサンに椅子を勧める。
 夕食の時はあれほどディオを拒絶していたのに、今度は自分から近寄って来るとは、どういうことなのか。
 それが気になった。
「こんな時間に何だ? もう寝るところなんだが」
 これは嘘。
 本当はこれから本を一冊読む予定だったから、寝るのは深夜になる。
「あ、ごめん。すぐに出て行くから」
「もう眠気も覚めたから、いい。……それで?」
 促すと、ジョナサンはそれまで背に隠していた両手を前に出した。
 切り花。
 薔薇が数本、握られている。
「……それは?」
 ジョナサンの扱いは乱雑だが、花自体は見事だ。
「学校に行く道の途中の、薔薇屋敷の庭から貰って来た」
「ああ、あそこ」
 毎日行き帰り目にするそれは、確かにディオも美しいと認めるほど見事に咲き誇っていた。
 ジョナサンに花を愛でる感性があったとは驚きだが、こういう扱いをしていては、その価値も半減してしまう。
「で?」
「ディオが綺麗だって言ってただろう? だから貰って来たんだ」
「………」
 そんなことを口に出したことがあっただろうか。
 綺麗だと思ってはいたが、欲しいとまでは思っていなかった。
「じゃあ、おやすみ。あ、宿題、ちゃんと終わったから」
 勝手に花を押し付けて、ジョナサンは部屋を出て行く。


 取り残されたディオは、右手の中にある数本の薔薇を見る。
 手入れされた美しい花。
 庭一面に咲いていたあの花と同一とは思えない、弱々しい存在。
「こんなもの、どうしろって言うんだ、ジョジョは?」
 部屋に飾っておけとでも言いたかったのだろうか。
 馬鹿馬鹿しい。
 こんな花、見たければ毎日通っているあの道で嫌というほど見られるのに。
 それをわざわざ貰って来るとは。
「………」
 ディオは惜しげもなく、それを屑入れに放り込み、そして二度と目にすることなくまたベッドへと戻り、今夜読むつもりで置かれていた本を手に取った。

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