吉良吉影の遺体が運ばれて行くのを、そこに立ち尽くしたまま見送った。
康一や億泰はしばらく呆然としており、さすがの承太郎も言葉を無くしていたようだった。
既に仗助は唯一人の怪我人として運ばれていたので、もうこの場にはいない。
露伴はもう、この場所には興味が無かった。
どちらかといえば、気になるのは、オーソン横の小道の方だ。
吉良吉影が死んだ今、鈴美がどうしているか。
それが気になる。
もし今、あの道に駆けつけても、誰もいなかったら。
既に彼女は行ってしまっていたら。
そう思うと落ち着かないのだが、さすがに自分からそれを言い出すことができず、早く康一がそのことに気づいてくれないものかと願う。
どうして誘ってくれないんだ?
先生、鈴美さんのところに報告に行きましょう、って。
そう言ってくれないと、いつまでもここから動けないってのに。
数十分後、康一は露伴を無理矢理引き摺って、オーソンの近くまで来ていた。
面倒だとか、明日でいいとか言う露伴を何度も叱りつけ、漸くここまで来た。
「君も知っての通り、僕はチープ・トリックにやられた傷が痛むんだ。今日はゆっくり休ませてくれ」
「駄目ですって! 早く鈴美さんを安心させてあげなきゃ!」
彼女のことだから、もう知っているのではないか。露伴はそう思うが、敢えて言わない。
康一も内心、同じことを考えていたのだが、もし彼女が既に旅立ってしまっていたらと思うと不安で、それを口にできない。
明日じゃ遅すぎる。
そんな気がして、康一は一層露伴を急かす。
「急いでくださいよ、先生! ほら!」
何故急ぐのか。露伴はけしてその理由を聞こうとしない。
訊かれない、と気づいていても、康一は康一で自分からは説明できない。口に出してしまったら、それが現実になるようで怖い。
いずれはいなくなってしまう人だということくらい、最初から知っている。
けれど。
もう少し。
もう少し、居てほしい。
一週間でも一ヶ月でも長く。
一年でも二年でも、好きなだけ居てほしい。
そんな我が儘が通用する訳がない。それでも康一は願ってしまう。
まだ行かないでください、と。
手を引っ張られ、露伴は心の中で康一を急がせる。
もっと早く走れ。もっと急いで、僕を連れて行け。
何故急いでしまうのか、露伴はあまり考えたくない。
あの小娘がいなくなるくらい、どうってことない。
なのに何で、こんなに焦るんだ?
考えてしまうと、信じたくない結論が導き出されてしまう。だから露伴は、考えないようにしていた。
いや、そんなこと、今に始まったことではない。
ずっと前から、わざと目を逸らして来た問題だった。
何故必死になってしまうのか。何故放っておけないのか。何故、気になるのか。
馬鹿な。
この岸辺露伴が、そんな感傷的なことを思うわけがない。
これは何かの気の迷いだ。
色々と事件が起こったから、露伴の感覚も少し狂ってしまった。ただそれだけだ。
もし。
もし、彼女は行ってしまったら。
あの墓地に行っても、彼女はいない。
この小道からも、彼女は消えてしまう。
彼女に会える場所は、どこにもない。
あの墓地の、冷たい墓石。
そこに彼女の骸はあっても、彼女自身はいない。
どんな言葉を投げかけても、彼女から答えは返らない。
そもそも、墓石に向かって掛ける言葉は、彼女に届くのか。
届かない。
なぜか確信を持って言える。
墓石の前で何を囁いても、彼女には聞こえない。
彼女に向かって言うべき言葉は、彼女が小道にいる間しかかけられない。
無機質な墓石には、ただ彼女の名と日付だけ。
彼女がその後十五年に渡ってし続けて来たことは、その墓碑には記されない。
それと同じく、墓にあるのは、十五年前に死んだ体の名残だけ。
十五年、ここにいた彼女は、あの墓の中にはいない。
今を逃せば、もう何も言えない。
これが最後のチャンス。
後悔しても遅い。
墓の前で何を叫んでも、どれだけ声を枯らしても、彼女には届かない。
だったら。
だったら。
今しか、ないのだったら。
「あたしがいなくなったら、寂しいって泣くかしら?」
そんな軽口に、ついついまた強がりを言ってしまう。
康一が隣で睨みつけている。
わかっている。
僕だってわかってるんだ。
ただ、それを言えないだけで。
あの墓地に行っても、鈴美には会えない。
墓石の前で何を叫んでも、鈴美には届かない。
「ああ! わかったよ!」
握り締めた両手の拳が震える。
それでも、鈴美の顔を見ながらは言えない。
鈴美を見ることはできなくても、露伴にはこれが精一杯。
寂しいよ。
行ってほしくない。
行ってほしくないんだ。
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