何か目新しい物はないか。
露伴はスケッチブックとカメラを手に、ふらりと外に出ていた。
こっちの方はあまり来たことがなかったな。
住宅街を抜け、民家が殆ど無い地帯で、露伴は立ち止まる。
本当に田舎だ。
少し歩けば、こんな所に出るんだから。
しばらくそののどかな景色を楽しんだ後、露伴はスケッチブックを開き、そんな面白みの無い風景を描く。
本当に静かで、いい町だ。
そんなことを思いながら、ペンを走らせていたその時。
視界の片隅で、何かが動いた。
有り得ない場所で、動いていた。
「……?」
空中、だった。
よくよく目をこらせば、そこは空中ではなく、電線。
線を伝って、人間が移動しているのだった。
「……本当に、変な町だ」
何処から来たのかと思い、よくよく見て気づいた。
露伴から百メートル近く離れた所に立つ鉄塔の存在。
しかも、その各所に設置された各設備。
すぐにわかった。
誰かがそこに住み着いている。
ということは、あれはその住人か。
取材させてもらおうか?
そんなことを考え、近付こうとした露伴だったが、三歩進んだ所で足を止めた。
「……仗助と億泰か?」
鉄塔で何か大騒ぎをしているのは、あのはた迷惑な連中だ。
どこにでも姿を現す奴らだ。
この町には、知り合いに会わずにいられる場所がないのだろうか。
その二人の姿を認めてしまうと、近付くのも躊躇われる。
せめて、彼等が帰ってからにしよう。
そう決め、露伴は離れた位置から静観する。
しばらく観察していれば、状況はだいたい把握できる。
「……なんだ、あの住人は敵か」
襲われているところだ、と気づいても、露伴は動かない。
わざわざ走って行ってどうなる?
空中を自在に移動するあんな男を相手にできる能力など、露伴は有していない。
鉄塔に閉じ込められているようにも見えるが、それはやはりあのぶら下がっている男をどうにかしないことには解決できないのだろうし。
となると、露伴にできることはない。
そこまで考えて、露伴は座り易そうな芝生を探し、腰を下ろす。
どうにもならないようなら、電話で空条承太郎を呼び出せばいい。
そのつもりで、露伴はじっとその様子を窺う。
勿論、スケッチブックは開いたまま。ペンも握ったままだ。
自分が役に立たないから、という理由をつけていたが、露伴の本心は別のところにあった。
スタンド使い同士の戦いを端から見るのは、これが初めてだ。
折角の機会だから、観戦させてもらおう。
仗助と億泰は嫌いだが、その能力の高さは認めている。
だから露伴は安心して見ていられた。
あの二人なら、自力で何とかするだろう、と。
田園風景の中、露伴の耳に、遠くの民家から流れる音楽が届く。
ラジオかCDか、そんなことはわからないし、どうでもいい。
風の吹き付けるあの方角だ。
あの遠くに見える屋根のどれかから、聞こえて来る。
長閑だな、本当に。
そして。
また視線を戻す。
仗助が血を流しながら、必死にしがみついている。
あれは少し、まずいかな?
だが今更行っても間に合わない。
露伴が鉄塔に辿り着く前に、仗助は墜落してしまうだろう。
耳にはまだ、かつて何度も聞いたあの歌が届く。
聞こえるのはその曲だけ。
あの鉄塔で立てられているはずの、どんな音も、ここまでは届かない。
無声映画を見ているのと同じ。
聞こえるのは、風の音。
露伴の周りにあるのは、町の静寂だけ。
しばらくペンを走らせ続けた露伴は、全て終わったと確認し、立ち上がる。
億泰と仗助と、あともう一人見慣れない学生服は無事だった。
鉄塔の住人とも和解したようだ。
これ以上、ここにいても仕方がない。
また、風が吹き抜ける。
それと共にまた、曲が聞こえる。
微かな歌声も。
けれど露伴は、その歌詞をよく覚えていなかったので、口ずさむことができない。
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