誰かと思えば、仗助がたった一人で立っている。
露伴は扉を開けた直後、軽く仗助の周りを確認する。
やはり誰もいない。
こいつ一人だ。
康一も、億泰も、誰もいない。
たった一人で訪ねて来た。その事実が既におかしい。何か絶対企んでいる。そうでなければ説明がつかない。
露伴の中で、警報が鳴った。
露伴はやや警戒し、わざと冷ややかな視線を仗助に向けた。
ルール説明をしている最中、何か気になった。
わざとらしくサイコロに顔を近づけて、露伴が言った言葉そのままにオウム返しだ。何かに言い聞かせるように。
やはりこいつの態度がおかしい。
三万円を取り上げるのも目的の一つだったが、露伴としては、この仗助のあからさまに怪しい態度の正体を知りたかった。わざわざ露伴の所に突然やって来て、チンチロリンがしたいなど、仗助の半端な思考回路からでは、絶対に思いつくはずがない。
何かを隠している。
もっとも露伴は、最悪の場合、仗助を本にして中を読めば済むと考えていたので、それほど問題視はしていなかったのだが。
……ここは軽く、探りを入れてみるか。
露伴は仗助の顔から目を離さず、サイコロとチンチロリンの起源について語り出した。
この程度、露伴には何ということはない知識だが、仗助は果たして知っているだろうか。
知らないだろうな。
そう思いながら話しているというのに、ちっとも感銘を受けた風ではない。
この露伴が折角、為になる話をしてやっているってのに、こいつは……。
舌打ちしそうになりながら、露伴は話を終えた。
一つプレッシャーをかけてやったが、こいつくらい神経の太い奴なら平気だったかもしれないな。
仗助相手なら、もっと笑えない話の方が、重くのしかかったかもしれない。
今更話の順番は変えられないので、露伴は素知らぬ顔をしてサイコロを仗助の方に飛ばす。
が。
今、おかしかったぞ。
聞こえた、確かに聞いた。
誰かが「痛テッ!」と言った。
仗助の前で、あまり動揺している姿は見せたくなかったのだが、つい露伴はきょろきょろと家の付近を見回してしまう。
首を巡らせてから、「しまった」と思ったが、もう遅い。
これはただのゲームじゃないんだ。
心理的に屈せられた方が負けだ。
仗助を優位に立たせてはだめだ。
主導権は、あくまでもこちらになければならない。
でなければ、ゲームは面白くない。
先程仗助を迎えた時に感じたあの予感。再び警鐘が、露伴の中で鳴り響く。
「動くなよ! そこを動くんじゃあないぞ」
言い置いて、露伴はサイコロごと室内に戻る。
部屋の扉を押した後、露伴はそこの壁を蹴りつけたくなる程の怒りを感じた。
実際そうしなかったのは、その音で仗助に露伴の感情を読まれてしまうことを恐れたからだ。
おそらく、間違いない。
あのクソったれは、この露伴にイカサマで勝負を挑んで来ている……!
「冗談じゃあないぞ……認められるか、こんな真似!」
この岸辺露伴、他人を小馬鹿にして遊ぶのは大好きだが、自分よりも格下の奴に弄ばれるのだけは許せない。
どうする?
このサイコロに何か仕掛けがあると考えるのが妥当だろう。
それでも、スタンド能力、という可能性も捨てきれない。
仗助自身にそんな能力はない。となれば、誰かの力を借りている、ということか。
先日露伴がジャンケン小僧に遭遇したように、仗助もどこかで新たなスタンド使いと出会い、和解し親しく接していてもおかしくはない。
そういえばあの小僧、名前は何だったか。どうでもいいことだから忘れてしまったが。
思わず脱線しかけ、露伴は慌ててサイコロに視線を戻す。
いつまでも仗助を待たせておくのも良くない。
露伴が秘密を暴けずに四苦八苦していると思われるかもしれない。
二、三分が限度だ。
ここで露伴に与えられた時間は、たったの二、三分。
その間に、何らかの手を講じなければ。
追い詰められている時ほど、人は素晴らしいアイディアに恵まれるものらしい。
露伴はすぐに電話に手を伸ばし、アドレス帳を捲る。
確か、電話番号は控えていたはずだ。
こういう時のために、あいつがいるんじゃないか。
使える者は全て使う。
それが露伴の主義だ。
虫眼鏡を持って戻った時、仗助の顔色は先程より遙かに悪くなっていた。
暑くもないのに顔中に汗。
わざとらしい作り笑いも、さっきより引きつっている。
間違いない。
イカサマだ。
どういう仕掛けかはわからないが、仗助の顔が「これはイカサマです」と言っている。
まったく、嘘のつけない奴だ。
溜め息を吐きたくなった。勿論、仗助にそれを指摘してやるつもりはない。
こいつのこの青い顔を見ているのも、それはそれで面白いじゃないか。
露伴はまだ余裕を持っているところを証明するかのように、自分にそう言い聞かせた。
ゲームを楽しんでいるふりだ、楽しんでいるふり。
今、また、仗助の目がオーメンだった。
露伴は一つ息を吐く。
そして徐に、冷蔵庫から出して来たまま置いてあった烏龍茶の缶を開ける。
一口、含む。
ぬるい。
ぬる過ぎる。
ずっとこんな日当たりの良い場所に置きっぱなしだったせいだ。
鳴り響く警報は、もうただの警告ではない。
これは間違いない。
露伴は、先程、電話をしておいて良かったと心の底から思う。
とうとう玉美の能力を借りなければならない所まで来てしまった。
イカサマだ。
やはりイカサマをしている。
それも、こんな風に。
もっと上手く立ち回っていたなら、まだ少しは救いがあった。
さっきから何度も何度も、懲りずに倍づけ倍づけと。
イカサマをやっていることを知られたいのか、こいつは?
それとも、ここまでやっても絶対にバレないと、露伴にはわからないと、そんな自信があるのか?
どちらにせよ、もう許されないところまで来ている。
もう限界だ。
露伴はそこに転がったままになっているペンを見つめる。
その鋭いペン先。
さぞかしよく切れることだろう。
メニューページへ
Topへ