「なあ、先生はどう思う?」
 突然話しかけられ、露伴は目を開く。
 人が考え事をしている時に、無闇に話しかけて来るな。
 いつの間にか傍らに立っていた仗助を、露伴は思いきり睨みつけた。
「……何の話だ?」
「なんだ、聞いてなかったのかよ」
 聞いていると思う方がおかしい。
 聞いていたように見えたか?
 仗助は露伴がどんどん不機嫌になって行く様子に、気づいていたはずだ。それでも顔色一つ変えず、露伴の隣の椅子を引き、そこに腰を下ろす。
 おまえのテーブルは向こうだ。
 そう言うつもりで、本来仗助がいたテーブルを振り返る。
「仗助、自分のカップは自分で持てよ」
 億泰が二人分のカップを持ってこちらに移動して来るところを目撃してしまい、露伴はうんざりする。
 由花子も鞄とカップを持って、立ち上がっている。
 これでは、何の為に離れて座っていたのかわからなくなる。
「だからよ、この杜王町のことで……」
 肘をつき、身を乗り出しながら仗助が話を続けた。
 三人の囲まれる形になった露伴は、さすがにこんな駅前のカフェで大声を張り上げるわけにもいかず、黙ってスケッチブックを下ろす。


 なんだ……。
 僕が行かなくても、こいつらの方から寄って来るのか。
 どのテーブルを選んでも、どこに座っても、結果は一緒。
 もうそろそろ、諦めた方がいいのかもしれないな。
 露伴は小さく息を吐き、仗助の話に耳を傾ける。
「……で、昨日テレビで特集してたんスよ」
 最初から説明を始めた仗助の、その真剣な眼差し。
 こいつが嫌いだというのは、多分、今も同じだ。
 そして億泰も、由花子も。
 けして露伴は彼等のことを快く思っていない。
 それでも。
 露伴がどう思っていようと、彼等は変わらない。
 いつも同じ。愛想良く、露伴に声を掛ける。
「今日からイトーヨーカドーがセールだって」
 一人きりの生活の方が、楽なのに。
 誰にも煩わされない生活が、楽しかったのに。
「なんでこの町には、イトーヨーカドー、無いんスかね? 半額ですよ、半額」
 仲間扱いするのは勝手だ。
 ただし、露伴がそれをどう受けて止めているか、彼等が知らないだけ。
「だいたいデパートは一軒しかねーし……駅前まで来ないと店も無いし」
 それに。
 この三人は、露伴の漫画を未だに一度も読んだことがないという。
 露伴の前に現れるのは、露伴のファンと露伴の仕事の関係者と。とにかく、漫画家である岸辺露伴の周りに集まる。
 それがこの連中は、露伴がどんな漫画を描いていて、どれほどの支持を得ているのか、そんなことも知らない。
 知らないというのに近寄って来る。
 この露伴に。
「田舎だから嫌だってんじゃないんスよ。ただ、イトーヨーカドーが無いってのが……安売りしてるって知ってんのに、買いに行けねーってのが気に入らないんス。こういうの、腹立ちませんか、先生?」
 こんなくだらない話まで、一生懸命教えてくれる。
 変な連中だ。
 露伴がまともに答えると思っているのか。
 日頃の露伴を見ていれば、絶対に親身になって話を聞いたりしないことくらい、想像がつくだろうに。
 それでも、わざわざテーブルを移って、露伴に話をする。


「僕は欲しければどこにでも買いに行ける身でね」
 町の中だけに籠もっている必要はない。
 暇さえあれば、どこにだって行く。
「じゃあ買い物頼んでいいのか?」
「……この僕に、そんな使いっ走りのような真似をさせるつもりか?」
 億泰は遠慮の欠片もなく、あっさり頷いた。
 ただ安いからというだけで、特別欲しい物があるわけでもない奴の為に、どうして露伴がそんなことをしなければならない?
「確か先生よー、車持ってたよなー?」
 家のガレージに入りっぱなしになっているあれを、多分家の前を通るたびに見ていたのだろう。
「どうせならよ、先生。俺達乗せてちょっとドライブなんてどう?」
 なんだ、そういうことか。
 露伴はやっと彼等の真意に気づいた。
 下心があっただけか。
 知り合いで、車を持っていて、暇そうな奴。そんな人間がいないかと考えていた時、すぐ目の前のテーブルには岸辺露伴。
 多分、そういう図式だ。
 それだけのことだ。


「僕はまだ仕事が残っている。これで失礼させてもらうよ」
 なんとなく。
 なんとなくではあったが、これでいいような気がした。
 こうやってあしらっていても、きっとまたすぐに、彼等は露伴のそばに寄って来る。
 近付き過ぎれば、露伴は警戒し、ヒステリックになる。
 距離を保てばいい。
 そうすれば、何も露伴は苦しまない。
 対人関係に悩んだり、煩わしさを感じたりもしない。
 今まで通り自由でいられる。
 こうやっていればいい。
「ちょっとくらいいいだろ? で、ドライブどう?」
 露伴はスケッチブックを抱え直し、三人が止めるのも聞かず、足早にカフェ・ドゥ・マゴを後にする。

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