結局、固い決意はあっさり破れた。
 承太郎を追い返すどころか、嬉々として入れてしまった。


 まずどこから聞こうか。
 キッチンで湯が湧くのを待ちながら、露伴はこの後の話の進め方を考える。
 日頃人付き合いを絶っているので、こういう時、自分から話を振るのはあまり得意ではない。
 他人に上手く語らせる、聞き上手。
 向いていないことは百も承知しているが、それでも、露伴がその気になってできないことはないと思われるので、今回はやるしかないだろう。
 どこから聞こう。
 やはり、目に入っているといつまでも気になるだろうから、持ち込んだ植木鉢の話からさせるべきか。
 それとも、本来の用事である、長話とやらをさせてみるべきか。
 いや、長話は最後まで楽しみに取っておこう。
 まずは植木鉢からだ。
 それが一番露伴には嬉しい。


 いつも通り、承太郎好みと思われる紅茶と手製の菓子を持って応接室に戻った。
 室内の章太郎は、先程まで背負っていた植木鉢の袋を開け、中身をテーブルに乗せているところだった。
 わざわざ見せてくれるのか。
 どこまでも律儀な男だな。
 改めてそんなことを感心する。
「どうしてそんな物を持ち歩いているんだ?」
 待っていても、きっと承太郎は自分から口火を切らない。さすがに何事三度目になると、おおよそ相手の出方くらいはわかる。
 露伴はテーブルにカップを置き、承太郎の向かい側に座る。
「交差点に配送中の花屋がいた」
「それで……?」
 いちいち先を促さなければ、続かない。
 それも、露伴は既に学習済みだ。
「君よりも華奢な男が自分と同じくらいの大きさの鉢を降ろそうとしていたんだが、動かせずにいたんでな」
 この大男に華奢と言われると、いくら露伴でもそれを否定することはできない。
 少々不満は残るが、この程度のことで噛みついていても仕方がないので、露伴は何も言わずに次の言葉を待つ。
「見かねて手伝ってやったら、その礼だと言ってこれを押し付けた」
「へえ……良かったな」
 思っていたよりもつまらない話だったので、露伴は一気に冷めた。
 あんなに期待したというのに。
 これでは露伴がただの道化だ。
「こういった物を貰っても、ホテルに持ち帰るわけにはいかないだろう。幸い、ここはゆとりがあるようだから、一つくらいあってもいいと思うんだが」
 何が?
 思わずカップを落としそうになるほど、露伴は目を見開いて驚いた。
 じゃあ何か?
 今こうやって鉢を開いて置いているのは、見せるためじゃないのか?
 この僕に押し付けるつもりなのか? 
 このままここに置いて帰るつもりでいるってのか?
 思っていた以上に、この男は厚かましいらしい。
 露伴が受け取らない、ということは想定していないか。
 植物嫌い、というわけではない。
 別に鉢の一つや二つ、あっても邪魔にはならない。
 水をやるだけなら、そんな手間でもない。
 確かにこれは、インテリアとしてはそこそこ使えそうな寄せ植えだ。悪くはない。
 だが。
 露伴の了承を得てから、そこに設置してほしかった。


 それでもまだ、それくらいのことなら露伴も我慢できた。
 気の短い奴だ、と思われるのは心外なので、これまでも色々と堪えてきた。
 そろそろ、もう一つの話に移ってもらった方がいいかもしれない。
 承太郎の、珍しい長話とやらを聞けば、少しは気が紛れるだろう。
「それで、どんな話が長くなるって?」
 投げやりにそう促し、露伴は一度下ろしたカップを再び手にする。
 一つ話し終えて満足したか、のんびりと香りを楽しんでいた承太郎は、そのままカップの中身を口へ運ぶ。
 まただ。
 一つ行動が終わるまで、絶対に話さない。
 このマイペースは人を食っているとしか思えないな。
 しかしそれも、もう慣らされた。
 露伴はただじっと、承太郎が口を開くのを待つ。
 数分が経過し、やっと承太郎がカップを戻す。
「話?」
「さっき言っていただろう? 長くなると」
 自分が言ったことを、もう忘れたのか。
 軽く舌打ちし、露伴は足を組み替える。
「ああ、そのことか」
 先程の遣り取りを思い出したか、承太郎は小さく笑った。
 珍しい。
 笑ったぞ。
 それはそれで興味深かったので、露伴の目はそれを脳裏に焼き付ける。
 今手の届く範囲内にスケッチブックが無いのが残念だ。
 後で忘れないうちに描き残しておかなければ。
「今話したのが、そうだ」
 なんだって?
「……その、今の植木鉢の話が……長くなるって話だったのか?」
「そうだ」
 つい確認してしまったが、却ってそうしてしまったことに後悔する。
 はっきりそう言い切られた後は、ひどくやるせない。
 今の話、けして長くはなかった。
 普通の話だった。
 露伴は今耳にした内容を反芻し、自分の中でもう一度、それに要した時間を思い出す。
 やっぱり短い。
 長くなんか、なかった。
 そう納得すると、何か露伴にも止められない物が湧き上がってくる。
 じゃあ何か?
 植木鉢を押し付けようとする男を、わざわざ家に入れて、茶まで出しているのか、この僕が?
 こんなつまらない話を、あんなに期待していたってのか?
 ……馬鹿にされているんだ、この露伴は。
「今すぐ持って帰ってれ! 僕にはいい迷惑だ!」
 立ち上がり、鉢とドアを交互に指差し叫んだ。
「植物が家にあると、癒されると思うが?」
「そういう問題じゃない! こんな侮辱に耐えられるか!」
「侮辱? ……悪いが、何が侮辱なのかわからない。説明してもらえるか?」
 何をいつまでも呑気な。
「わからない方が悪い! とにかく、僕はいらない! いらないと言ったらいらない!」
「そんなに犬みたいに吠えるな、落ち着け」
「この露伴を犬呼ばわりする気か!? どこまで人を馬鹿にするつもりだ!」
 何か言えばその都度倍になって戻る。
 承太郎は溜め息をついた。
 が、鉢を持って立ち去る気配は無く、「やれやれ」と呟いた後、またテーブルのカップに手を伸ばす。

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