部屋が余っているので、一室くらい潰しても露伴の生活に影響はない。
 自宅内に作った暗室の中で、フィルムの現像をしている時、誰かが訪ねて来た。


 タイミング的には問題ない。
 丁度今取り出して、これから乾燥するところだった。
 手を止めて玄関まで行く余裕があった。
 それでも露伴はまず手をしっかりと洗い、それから暗室を出た。
 もしこの一、二分も待てないようなせっかちな客ならば、最初から露伴は相手をする気になれない。 これくらいは待って当然と思っているので、けして急がない。
 廊下の窓から、玄関が見える。
 その段階で、既に客の正体は判明していた。
「またか……」
 最近、承太郎をホテルのラウンジで見掛けない、という噂を聞いている。
 それはそうだ。
 代わりにここに来ているのだから。
 いっそこんなところまで通って来ずに、手近なホテル内で済ませてほしい。
 特に、先日仗助達に不愉快な思いをさせられてからは、承太郎に対してあまり良い感情を抱けずにいたのだ。
 もう二度と承太郎を家に入れない。
 そう決意もしていた。
 その気持ちは今も変わっていなかったが、今現在の状況が状況なだけに、もしかしたら何か重要な用件があって来ている可能性も否定できず、とにかく話を聞いてから判断しようと、今日ばかりは居留守を使わず、普通に出ることにした。


 扉を開けた露伴の前に立つ、白ずくめの大男。
「邪魔させてもらう」
 そう言われた瞬間、思わずつられて「どうぞ」と言いかけてしまった。
 いつの間にか、すっかりこの男のペースに慣らされているらしい。
「何か、僕に緊急の用でも?」
 この岸辺露伴が、こんなことで流されるわけには行かない。
 答えない限り、中には入れない。
 その意志を明確に伝えるよう、露伴は入り口を遮る。
 が。
「……中で話そう」
 またしても、思わず「そうか」と納得しかけてしまった。
 なんだ、この男は。
 他人をうまく操る術を、無意識に会得でもしているのか。
 承太郎の短い言葉の端々には、有無を言わさぬ何かが含まれているようだ。
 だがこの露伴が、そんなに簡単に言いなりになっていては沽券に関わる。
 妙なところで負けず嫌いなため、露伴はムキになった。
「ここでは言えないような、そんなまずい話なわけか?」
 と、その時になって、気づく。
 承太郎の肩越しに、見慣れない物を発見した。
「……それは?」
 露伴に言われて初めて気が付いたかのような素振りで、承太郎は自分の背後を振り返る。
「ああ。向こうの交差点でちょっとな」
 説明になっていない。
 なっていないから余計に気になる。
 なんでこの男が、植木鉢の入った袋を担いでいるんだ?
 承太郎の背中からは、細い枝が何本か見え隠れしている。
 今まで全く気づかなかったのは、承太郎の背が高過ぎるせいだろう。
 よくよく見れば、確かに枝葉がちらついているというのに。
 気になる。
 向こうの交差点で、何があったのか。
 何があって、そんな荷物を背負う羽目になっているのか。
 これも、露伴の家に来た用件と何か関わりがあるのか。
 様々なことを考え出し、露伴の目は爛々と輝き始める。
 そんな露伴の顔を見ていないのか、承太郎は今更ながら、先程の質問の答えを返す。
「いや、そうじゃない。立ち話で済ませられるほど、短くないだけだ」
 長話。
 未だかつて、承太郎が長く話していたことがあっただろうか。
 少なくとも、露伴はまだ見たことがない。
 信憑性に欠けている。
 普通なら、ここで、「信じられないから」と断っても良さそうなのだが、露伴はそうしなかった。
 悪い癖が出た。
「長い話……」
 饒舌な承太郎。
 見てみたい。
 是非、見たい。
 そんな承太郎を、一度でいいから見たい。
 興味深い事柄が次々と増えていく。
 とうとう我慢できなくなった露伴は、身体を動かし、ドアの前を空けた。
「どうぞ」
 承太郎を招き入れる露伴が、どうしてここまで上機嫌なのか。絶対に承太郎には理解できない。
 だが承太郎はあまり興味がないらしく、顔色一つ変えず、言われるままに中に入った。

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