「うわっ……本当にこれ、露伴先生が作ったのか?」
この状況で、他の誰に作れたと思うんだ?
露伴は苛立ちを抑えながら、テーブルに料理を並べた。
映画を見終えた頃を見計らって三人に声をかけ、テーブルに着かせた。
色々と苛つきながらの作業ではあったが、高校生を満足させるだけの物は用意したつもりだったので、露伴は三人の反応を確かめる。
とりあえず、テーブルに並べられた皿の数だけで圧倒されている節があったので、露伴はひとまずはこれでよしとする。
後はさっさと食べさせて、追い返すだけだ。
自分もテーブルに着き、露伴は漸く厄介な時間が終了を迎えることを喜ぶ。
「露伴先生、これ全部食ってもいいの?」
「そのために来たんだろう? まさか残して帰るような無礼な真似はしないだろうな?」
露伴が手間暇かけて、わざわざ作ってやった物を、本当に残して帰ろうものなら、その場で本にして『全部食べるまで帰らない』と書き込んでやる。
そんなことを考えた。
いや、どうせ書くなら、先に書いておいた方がいいかもしれない。
今のうちに全員にそう書き込んでおけば、絶対に残したりはしないだろうし。
だがそれでは、本当に露伴の料理を喜んで平らげたのかどうかがあやふやになる。
まかり間違って、まずい料理を無理矢理食べさせるためにそうしたんだ、と言われでもしたら。
とんでもない言いがかりだが、言い訳もできない。
書き込みたい。うずうずしていた露伴だったが、後々のことを考えて思いとどまる。
「承太郎さんの話、本当だったんだな」
だからあの男はどんな話をしたのか。
それが気になる。
そういえば。
承太郎も、元はといえば、露伴が器用だという話を仗助や康一から聞いたのではなかったか。
彼等の間では、そうも頻繁に露伴の話題が出るのだろうか。
自分のいない所で話の種にされる。
それは別に構わない。
人気漫画家である露伴は、他人の口に名が上るのは当たり前のことと受け止めている。今更始まったことではない。
しかし、仕事に関係する事柄と、こういったプライベートな問題とはまた別だ。
話を聞いて、また誰か「ご馳走になりに来ました」と言って現れたら。
考えただけで虫酸が走る。
この露伴の家に、土足で踏み込んで荒らし回る。
迷惑だ。
僕は一人でいたいんだ。
露伴はその数十分を、ただ椅子に腰掛けて過ごした。
自分の分の皿は用意してあったが、余計なことを想像してしまったために、食欲が失せたのだ。
ただ座って、食欲旺盛な高校生達が凄まじい勢いで料理を片付けて行くのを眺める。
見ているだけで、また更に食べ物が欲しくなくなる。このままなら、夕食さえも食べずに今日を終えるかもしれない。
それまでただ見ていただけだったが、露伴はふと、彼等の手と口の動きに注目する。
家族がマナーにうるさいのか、割と大雑把に見えて仗助は心得ているようだ。
乱暴ではあるが、基本は叩き込まれているような感じだ。
一番汚いのは億泰だ。
マナーを知らないわけではないのだろうが、何故か不必要に溢す。
いや、これはフォークとナイフの扱いが下手なんだ。不器用なのかもしれない。
しかし本人は小さいことには拘らない質なのか、あまり下は見ず、食事を続けている。
康一が遠慮がちなのは、露伴に悪いとどこかで思っているからだろう。
三人三様だな。個性がよく出るんだな、食事中は。
そんなことを考えていると、食欲とは別の、露伴にとって最も基本的な欲求が生まれる。
露伴は何も告げずに突然椅子から立ち上がり、部屋から出て行く。
三人共、露伴のその動きは目に入っていたが、今は目の前の食べ物の方が重要だと判断したか、さほど気には留めない。
一分も必要なかった。
露伴はスケッチブックを手に戻り、また椅子に座る。
「……先生、お仕事中だったんですか?」
おそるおそる、康一はそう尋ねた。
勿論、違うということくらいは知っていた。
露伴が仕事を中断して買い物に出るはずがないからだ。さっき外出していたのだから、仕事をしていたはずはない。
それでも、わざわざ今、突然スケッチブックを取り出したからには、それなりの理由があってのことだろう。
それが何なのか、康一は気になってしまった。
露伴のことだから、何を始めるかわからない。
答えて貰えるかどうかは別として、一応聞いておきたい。心の準備ができる。
「構わずに続けたまえ。そうでなければ僕も何もできないからね」
言われた瞬間、康一だけは露伴が何をするつもりかわかった。
わかったけれど。
「……先生、人が御飯食べてるところも、スケッチするんですか?」
「当たり前だろう。どんな些細なことでも、僕には重要なんだ」
「はあ……」
経験上、康一は、ここで不自然な嘘っぽい動作をしてはならない、ということを知っていた。
が、見られているとなると、それが気になって、逆にぎくしゃくしてしまいそうだ。
仗助と億泰はどうだろう、と見遣れば。
露伴の行動が変なのはいつものことだ。そう思ってでもいるのか。
全く頓着せず、至って自然に食べ続けていた。
羨ましい二人だ。
なんだか緊張して来た。
食欲が無くなるなあ。
康一の手が、テーブルに置かれ、それ以上動かなくなる。
「ムッ……」
そんな康一の顔を見逃さず、露伴が一気にペンを走らせる。
「え……ええっ!? そんなとこまで……!?」
康一が思わず仰け反ると、それさえもすかさず写す。
だめだ、この人の前だと、何やっても面白がられる。
とにかく、普通に。
そう呟きながら、康一はまたフォークを手に取った。
見ないように。見ないように。
露伴の方を見ないようにすれば。そうすれば少しはましかもしれない。
自然に。
自然に振る舞うんだ。
しかし、指先はぶるぶる震え、顔も強ばって来た。
やばい。このままじゃ、露伴先生怒らせる。
なんとかしなければと焦れば焦るほど、余計に悪くなっていくようだ。
そんな康一をしばらく観察していた露伴だったが、突然、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、指を突き付ける。
「康一くん! そんなに僕の料理が口に合わないんだったら、無理しなくていいんだぜ!」
「え……っ、違っ……」
不味いから進まないのではなくて、露伴の視線が気になるからだ。
そう言えたらどんなに楽か。
しかしそんなことを言ったが最後、もっと露伴の機嫌を損ねる結果になる。
「貴様ら、本当に味がわかっているのか!? さっきから何も言わずに口に詰め込んでいるが、僕に何か言うことはないのか!?」
多分、露伴は言ってほしいのだろう。「先生、美味しいですね」「ご馳走さまです、先生」と。
本当にそんな言葉をわざとらしく連呼しても、きっと露伴は喜ばない。
難しい人だ。
康一は溜め息をつきかけて、慌てて口を抑えた。
もしそんな顔を見られたら、また変な誤解をされる。
「この僕に料理を作らせておいて、貴様ら何も思わないのか!?」
「何もって……ありがとう、って思ってるぜ?」
「それだけか!?」
「他に何て言えばいいんだよ……」
やっぱり、こうなるんだ。
康一は諦めたように、怒鳴り合う三人を眺める。
露伴は絶対に、最後はこうなるんだ。
この人、難しいよ。
さっきまでは、まるで、秒読みに入った爆弾の前に座っているような気分だった。
しかし。
今はなぜか、少しほっとしていた。
こういう遣り取りにも、慣れ始めていたので。
もしかしたら、露伴という人は、こういう形でしか他人と対話ができないだけなのかもしれない。
そう思えば、また何か楽になっていくようで、康一は再びナイフを動かし始める。
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