楽しくない。
ちっとも楽しくなんかないぞ。
必死にそう言い聞かせ、露伴は皿に盛りつける。
皿は四人分、並べられていた。
信じがたいことに、億泰が持ち込んだ食材は、かなり偏っていて、最初から何を作るか決められていたようなものだった。
確かに、イタリアンレストランから分けて貰ったのだから、どちらかと言えばイタリアン寄りなのは仕方がなかったかもしれない。
しかし、それを素直に使ってイタリア料理を作るのは嫌だったので、露伴は自分の家にある材料をなんとかかき集め、イタリアンではない昼食を作る。
暇な時は旅行に行く露伴の、主な行き先は海外で、それもヨーロッパが多い。
当然、イタリアなど飽きるほど歩き回った。
だから大抵の料理は舌が覚えている。
ある程度ならばそれを再現することも可能だと思われた。
それでも。
奴らの狙い通りの食事を用意するのは癪だ。
特に何も意図しなくても、それなりの料理を作り上げてしまう露伴は、サラダに使える野菜を取り出しながら溜め息をつく。
もしまた今度、承太郎がふらりとやって来ても、絶対に入れない。
来るかどうかもわからない相手だったが、露伴はそう決意する。
茶が美味いと褒められ、ついついその気になって色々と出してしまったのがまずかったのかもしれない。
露伴本人はたかだかその程度のことだけなら、と軽く考えていた。それがどうだ。
この様は。
承太郎が来ることを許可したのは、彼が騒がずに、この家と一体化するように、ただそこに座っているだけだからだ。
彼ならいても邪魔にならないからだ。
しかし。
あの連中はいるだけで迷惑だ。
これまでの経験から、口でどれだけ言っても無駄だということはわかっていた。
食べたいと言う以上、食べさせさえすれば、後は満足して大人しく帰る。
だから、今だけの我慢だ。
今だけ我慢すればいい。
とにかく早く作って食べさせ、さっさと帰ってもらおう。
キッチンから追い出して三十分。
あの三人はおとなしく待っているだろうか。
不意に、そんなことが気になった。
さっきは勢いで「外で待て」と言い、そのままこの扉を閉めてしまっただけで、本当に外まで追い立てたわけではない。
多分、外にはいないと思う。
きっと露伴がここに籠もっているのをいいことに、家の中で寛いでいる可能性が高い。
だから他人を家に入れるのは嫌なんだ。
大事な家具は壊されていないか、あちこち汚されていないか。そんなことが気になって仕方がない。
それより、二階に上がってはいないだろうな?
二階は、仕事部屋がある。
勝手に入って、大事な商売道具に悪戯でもされたら。
それも心配だが、露伴のプライベート空間である、寝室に無断で入り込まれていたら。
気になり出すと、もう我慢できそうにない。
まだ途中だったが、露伴は堪えきれずにキッチンから飛び出す。
目の届く範囲内に、あの三人の姿はない。
本当に二階にいたら……。
嫌な予感ばかりが先に立つ。
露伴は不安ながらも、一階の扉を一つずつ確認する。
キッチンから続くダイニングスペースとリビングにはいない。
普段客が来た時に使う、応接室の扉の前で、露伴は立ち止まる。
話し声はしない。
が、何か物音はする。
露伴は僅かな隙間だけを開け、室内の様子を窺った。
三人はそこにいた。
黙ってソファに並んで座り、テレビを観ている。
まあ、これはこれでいい。
暴れ回っていない分、まだいい。
丁度何かの映画が入っていたようで、三人共無言のまま、食い入るように見つめて微動だにしない。
確認にテレビの画面を確認した露伴は、以前に一度観た作品だと気づく。
これならストーリーを知っている。
あと一時間は終わらない。
ということは。
少なくとも一時間は、静かにここに座っていてくれるということだ。
そう思って胸を撫で下ろした時、コマーシャルが入った。
途端に三人が同時に息を吐く。
「結構面白いな、これ」
「僕、前にビデオで観たけど、ここからがすごいんだよ」
「へえ、詳しいな。康一、もしかして映画好きなのか?」
面白い、という言葉に、露伴はまたほっとする。途中で飽きるようなこともなさそうだ。
「俺、さっきのハイヒール握り締めるシーン、よくわかんなかったんだけどよー、あれ何?」
「あ、俺も」
「……そこは僕もよくわかんなくて」
三人に気づかれないうちに扉を閉めようとした露伴だったが、その言葉に思わず手が止まる。
このスカタン共が!
あれは、この映画で最も重要なシーンだぞ。
あの数秒のシーンがあるから、この作品の評価も高まったんだ。
この映画はただのエンターテイメントじゃないんだ。派手なスタントやアクションだけ観て、面白いと言うな。これはもっと崇高な芸術作品なんだ。
全く、情緒を介さない連中だ。
詳しく解説したくて堪らなくなった露伴だったが、それを始めてしまうと、いつまで経っても昼食が出来上がらない。
だがこのまま見過ごすこともできない。
仗助や億泰だけならまだしも、康一までもが理解していなかったとは。
頭の中に、あの赤いハイヒールの残像がちらつく。
仕方がない。
後で食事中に、思う存分話して聞かせてやろう。
とにかく、今優先すべきことは食事を作ることだ。
露伴は必死にそう言い聞かせ、またキッチンに戻った。
応接室の扉は半開きのまま忘れられていた。
幸い、中の三人はそんなことには全く気づいていなかったが。
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