康一と闢cを帰した後、露伴は手に残った紙を眺めた。
これを使えば、また傑作を生み出すことができるだろう。
彼のページはこれしか取っていないので、明日ここまで来るのに支障はないはずだ。ちょっと疲れるかもしれないが。
そうしてまた、彼からページを取り、作品に活かす。
そう。
この三ヶ月間、休日ごとに旅行と称して各地を回り、密かに何人かから記憶をもらった後のように。
一人から一枚だけの場合もあれば、十枚近く取ったこともあった。
実は机の奥には、その際持ち帰った紙が何枚も収めてある。既に使い古したネタのため、放り込んだまま読み返しもしていないが。
彼等はあれからどうなったのだろう。
貰うものさえ貰ってしまえば、後はどうなろうと知ったことではないので、放って来たのだが。
取った分だけ体重が減って行くのはわかっている。
記憶も少し失っているが、無くしたという自覚もないので、他人が見てもただの物忘れとしか思わない。
体重が減ったことはさすがに問題視されるだろうが、どんなに調べても原因が解らない以上、どうすることもできぬまま放置される。
もしかしたら、このゴミ同然の紙の束の中から、既に死人が一人か二人出ているかもしれない。
だが、調べるほどのことでもないだろう。
破った結果どうなるか、知っても知らなくても、露伴の作業には何の影響もないのだから。
第一、露伴は、ただ人を殺したくてこんなことをしているわけではない。そこいらの殺人鬼とは違う。作品の素材になってもらうためにしていることで、結果としてそれが死に繋がったとしても、それは露伴の意図したことではない。
露伴の描く漫画と、赤の他人の命。
どちらが重いかと問われたとする。答えは決まっている。漫画だ。
漫画以外に大切な物を持っていない露伴は、その漫画だけをひたすら守り続けるしかない。
康一の記憶の中にあった、彼の友人達のことを思い出してみる。
正義感の強い男、友情に熱い男。
どれも少年マンガに欠かせないキャラクターだ。
彼等全員の心の中を見てみたい。
康一の主観だけでは足りない。彼等の本心も見たい。
おそらく、その願いはいずれ叶えられる。
露伴が望んでその通りに運ばない物事など、殆どない。少なくともこれまではそうだった。そしてこれからも、それは変わらないだろう。こと漫画に関する限り。
それにしても。
「仲間、か……」
闢cの定義では、露伴も仲間ということになるらしいが。
露伴は、別に仲間など欲しくはない。
欲しくはないのだが。
どちらが面白いだろう?
彼等とそれなりの仲間ごっこをして、より多くの貴重な経験を得る方が良いのか。
それとも、こうやって隠れたまま、彼等の動向を窺い続けるか。
第三者的な立場を守るのなら、彼等の前に正体をさらけ出すべきではない。
しかし。
もし、彼等と仲間ごっこをするなら。
外野からでは知り得ない、もっと複雑な事情を知り、特殊な体験をすることができるかもしれない。
「どうするべきかな、僕は……?」
好奇心が勝ってしまうような気がする。
他の何物よりも、好奇心が。
プランはできている。
康一を廃人に追い込むのは簡単だ。明日の朝には済んでしまう。
彼から全てを剥ぎ取ってしまえば、それで終わりだ。その先には何が待っているだろう。
いつもの繰り返しだ。
また安堵と不安を、一つ仕事を終える度に抱え込む。その繰り返し。
結局はまた誰か別の人間を捕まえて、そこから新たな構想を得る。そしてすぐに露伴は空洞になる。
この悪循環を断ち切れる唯一の術が、この能力のはずだったというのに。
これでは何も変わらない。
もっと有効な使い方をすべきなんだ。
このヘブンズ・ドアーは、使い方さえ誤らなければ、露伴が漫画を描き続ける為の最高の道具になる。
利用できるものは、全て利用すべきだ。
スタンドも人間も、彼等の感情も。
露伴の仕事に、最も良い影響を与える方向を選ばなければ。
これは賭だ。
もしかしたら露伴は既に何人か殺しているかもしれないが、それさえ知られなければ、彼等のようなおめでたい人間は露伴を受け入れる。
もし失敗したら。
それを想像した時、露伴はとてつもなく深い峡谷を覗き込んでいるような気分を味わった。
それはあくまでもただの想像であって、予感ではない。
多分、成功する。
方法は知っている。
露伴から逃げ出そうと、助けを呼ぼうと這いずり回る康一の手から、血が滴っていた。
露伴はそれを見逃さなかった。
わざと黙認し、彼を行かせた。
この餌に食いつかなければ、康一の仲間は本物のボンクラだ。
「ちゃんと見せるんだぜ、康一くん」
窓の下には語り合う三人の姿。
露伴はまた昨夜の峡谷の幻影を見る。
この谷を落ち切ったら、どこへ辿り着くのだろう。
露伴の手によって送り込まれた人間達が待ち構える、死という底だろうか。
そこまで想像していながら、それでも露伴はこの危険を回避しようとはしない。
康一を信じよう。
彼の仲間が、そこまで非情ではないことを。
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