火事の後始末をしている時、何処からともなく、古い小箱が現れた。
他の物同様、半分以上焦げてしまって見る影もない。
これは何だったか。露伴は記憶を探った。
と、すぐに思い出した。
露伴が十六歳だった頃から、なんとなく持っていたもの。
こんなところにあったのか。
それは漫画家としてデビューする前だったか後だったか。
いや、確か、もうデビューしていたと思う。
まだその生活に慣れておらず、慌ただしく日々が過ぎて行った頃だ。
それは二月十四日ではなかった。
その日だったら、これ一つだけが思い出に残るはずがない。
まだ新人だったが、それなりにファンも付いていた露伴には、バレンタインにある程度の数のチョコレートが送られて来ていた。勿論、それらの一つ一つについてなど、もう殆ど覚えていないが。
これがいつ露伴に送られたのか、正確な日付は覚えていない。
翌日だったか、それとも二、三日後だったか。
とにかく、バレンタインが終わってから、この箱は露伴の手元に来た。
「岸辺さん」
そう呼ばれて振り返った。
立っていたのは見知らぬ女。
「遅くなったけど、これ受け取ってください」
大仰なリボンのついた箱が差し出された。すぐにバレンタインのチョコだとわかるような。
既に、ファン達から送られていた露伴は、チョコの数も人気のバロメーターだと理解していたので、深く考えることもなくあっさり受け取った。
女子大生だったかもしれない。
そんな雰囲気だった。
まだ十代半ばの小僧に丁寧語を使い、恥じらいすら感じているのか頬を赤らめ、その女性は足早に立ち去った。
家に帰った露伴がそれを開けてみると、箱一杯に詰められたハート型のチョコが、二十個。しかもその全てに、ホワイトチョコで『義理』の文字が描かれていた。
明らかに手作りだ。
その上、こんなマメな作業をしている。
なんだろう。
新手の嫌がらせか?
それとも、義理義理と強調するのは逆に照れ隠しでしたことか。
よくわからないが、それなりにインパクトはあったので、露伴はその箱の中身を、そのままスケッチブックに描き写し、中身を始末した後は、笑わせてもらった記念に箱だけ保存した。
結局、あれが何処の誰かもよくわからなかった。
渡された中身には、名前も何も付いていなかったので。
当然、礼もしていない。
義理なのだからいいか、と放っておいた。
改めて焦げた箱を眺めていると、底の部分の板が少しずれていた。
一瞬、ただ変形しただけかと思ったが、最初からその部分が動くようになっていたらしい。
「気づかなかったな」
稚拙ではあるが、カラクリ箱の真似をしていたのか。
慎重に板をずらし、取り去る。
一枚のカードがこぼれ出た。
「………」
が。
半分は焼けてしまっていて、もう原型を留めておらず、何か書いてあったのだろうが、その部分が脆く崩れた。
残りの半分には、女性の文字で、
『二年前から見ていました。二十日の三時に待っています』
読み取れるのはそこだけだ。
指定してあるはずの場所も、差出人の名前も、焼けてしまった部分に書かれていたようだ。
二年前。ということは、露伴がデビューするよりも前。まだ中学生だ。
漫画家としてではなく露伴を見ていた女性。
しかし、露伴はそれほど感慨は覚えなかった。
今更、四年近くも前のことを蒸し返しても、仕方がない。
あの火事のせいで、カードの肝心の部分が読めなくなってしまっている。
だが、火事を出さなければ、露伴は永久にこのカードの存在に気づかなかったかもしれない。
どちらが良かったのか。
「もう時効だな」
あの女子大生は、二月二十日の午後、どこかで露伴が来るのを待っていたのだろう。まるで少女のように頬を赤らめながら。
別に損をしたとも何とも思わず、露伴はその箱とカードを、分別中のゴミの中に放り込む。
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