まるで罰当番のように、闢cと康一は散乱した衣類を箱に詰め直す作業をしていた。
 いっそこの箱ごと由花子にくれてやろうかと露伴は思ったのだが、中身を直接吟味した由花子本人によってそれは却下されていた。サイズと好みの二点で合わなかったらしい。
 今、他の高校生達は、普段全く使うことのない応接室を陣取っていた。
「それで、何をしに来たんだ?」
 闢cと億泰は、ただ呼ばれたから来ただけで、その訪問の目的など何も知らなかった。
 露伴はわざと仗助を無視して、康一に話しかける。
「それもこんなに引き連れて」
 椅子の上で、小さな身体を更に縮ませて恐縮していた康一は、遠慮がちに呟き始める。
「実は期末試験前に、皆で勉強しようって話になったんですけど、この時期は図書館とかは人が多すぎて……他に皆で入れるような広いところで、しかも長く居ても良さそうな場所となると、カフェ辺りじゃまずいですし……」
 露伴の怒りは既にピークを越しており、彼等が揃って現れた時に比べれば幾分か落ち着きを取り戻していた。
 それでもこめかみ付近に、まだその余韻を残していたが。


 こいつらは人の家を茶店か何かと勘違いしているらしい。
 いや、茶店以下だ。店なら金を払わなければならない。それをこの連中は、金も払わないくせに茶を出せと注文して来る。
 露伴はまた怒鳴り散らしたくなってきていた。
 この間買って来ておいた新しい紅茶を淹れ、午前中に作ったクッキーを出してやると、後はつまらない座談会が始まった。
 静かに勉強できる環境が欲しかったんじゃないのか?
「あ、先生。お構いなく。俺達ここで勝手に試験勉強してますから。仕事の邪魔はしないんで」
 とかなんとか言っていたが、家の中にいられるだけで既に邪魔だ。
 今度隙を見て、全員に『露伴の許可無しには露伴の家に入れない』と書いてやる。
 確かに、ここにいる連中の誰の家よりも、露伴の家は広い。飲み物と菓子も、なぜかある。居着いてしまえば、間違いなく便利なはずだ。
 だが、家主は快く思っていない。
 その辺りを、この連中は全くわかっていないようだった。
 そもそも学年が違うはずの闢cまで何故混ざっている? それに、教科書は広げているものの、一向にそれを使う気配がない。
 それまで、同じ室内で少し離れた椅子に座って眺めていたのだが、見ているとむかついてくるので、露伴は仕事部屋に引き揚げることにした。
 立ち上がりかけたその時、突然闢cが話を振って来た。
「先生はどう思います?」
「何がだ?」
 全く聞いていなかった。
「地下鉄ですよ」
「地下鉄?」
「杜王町内に地下鉄があったら、学校行くのも便利だろうなあって思うんですけど」
 この狭い町の中、その程度の距離くらい歩いて通え。
 そもそもバスがあるのだから十分だろう。
 全くわかっていない連中だ。
 この田舎臭いところが良いっていうのに。そんなものがあったら、折角の綺麗な町の景観を楽しむ機会がぐっと減るだろうに。
「くだらん質問だ。作りたければ、作れるだけの地位に就くのが一番なんじゃないのか」
 まあおまえの頭じゃ無理だろうがな。
 きっとこいつらのことだから、具体的に将来どんな職業に就けばそれができるのかということすらわからないかもしれないが。
 その露伴の予想は外れなかった。
「地下鉄作る人って、誰?」
「電気工事の作業員とかか?」
「馬鹿、違うだろ。政治家だよ」
 聞いているだけで疲れる。
 他人の気配を感じている状況では仕事にならないが、出来るだけ離れたところにいよう。
 やはり二階へ避難だ。
 再び立ち上がろうとした露伴に、また声が掛かる。
「先生もさあ、この家の前に地下鉄の駅があったら便利だと思わねー?」
「思わん!」
 家の前にそんなものがあったら、必要以上に毎日騒がしくなるだけだ。何の為に、地方に越して来たのかわからなくなるではないか。
 我慢ならない。
 さっきまでは、露伴がここから離れようとしていたが、よくよく考えれば、これは露伴の家だ。どうして露伴が遠慮しなくてはならない?
 決めた。
 やっぱり追い出そう。
「貴様ら、下らん話しかしないなら、さっさと帰れ!」
 突然怒鳴られても、高校生達はきょとんとしたままだ。
 が、構わず続ける。
「そして二度と来るな!」
 どうも反応がおかしい。
 露伴のことを癇癪持ちだと認識してでもいるのか、全く気にしていない。
 本当にむかつく連中だ。


 そろそろ露伴が本気で怒り出したと悟ったのは康一だった。
「あっ! 先生、このクッキー美味しいですねー!」
 思い出したように一枚掴むと、口の中に放り込み、満面の笑みで噛み砕く。
「本当に露伴先生の焼いたクッキーは美味しいなあ。僕、これが食べたくて、つい来ちゃうんですよねー」
 笑顔は笑顔でも、かなり引きつっている。
 場の雰囲気を良くしようという試みは、その康一の言葉の中に含まれていた余計な一言でとんでもない方向へと向かおうとしていた。
「えっ、これ露伴の手作りかよ!」
「まじで? こいつ、菓子作りが趣味なわけ?」
「意外だ……」
 それまで自然に口へ運んでいた菓子を、彼等は物珍しげに見つめ直す。
「へえー、露伴がねえ……」
 違う、断じて違う。
 趣味なのではなく、作品の参考にするために、どんなことでも実体験が必要だから試しているだけで。菓子を作ることを楽しんでいるわけではない。
 だから嫌だったんだ、こういう誤解をされるから。
 康一に悪気がないことはわかっている。
 だが。
「貴様ら、とっと出て行け!」
 玄関を指差し叫んだ露伴の肩を、億泰は親しげに叩く。
「照れることないぜ、先生。俺もよー、メシ炊きは自分なわけよー。わかるぜー、あんたの気持ち」
「貴様なんぞに親近感を抱かれたくない! べたべた触るな!」


 少しずつ、露伴の周囲は変化していくように思えた。
 いつか見た夢のように、本当に五年先十年先まで、この連中と付き合っていくような、そんな予感がする。
 しかし、それを好ましく思っているのか、疎ましいと感じているのか。
 その未来について考える時、露伴本人にもそれは判別できない。

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