「岸辺さーん、お届け物です」
二階の窓から下を見下ろすと、どこぞの運送会社のマークの入った帽子が見えた。
露伴本人は何も頼んでいない。
お中元にもまだ少し早い。
なんだ?
全く心当たりがなかったが、こればかりは居留守を使うわけにもいかないので、露伴は階段を降りる。
「誰から?」
運んで来た若い男は、重そうな箱を支えながら伝票に目を落として答える。
「えーと……亀友デパートで。……なんだ、ご自分で買ったんじゃないですか」
確かにデパートには行くが、持ち帰れない程の買い物をしたことはないし、何かを注文した覚えもない。
「悪いんだが、僕は何も買ってないよ。間違いじゃないのかい?」
「いいえ、確かにこの住所で、岸辺様宛ですよ。ほら」
見せられたそれには、確かに不備はない。不備はないが、露伴の字でもない。
更にじっくりと見つめた時、この大荷物の中身が何かということにやっと気づいた。
「……なんだって?」
その欄にはしっかりと、『婦人洋品』と記されていた。
受け取る受け取らないで大いに揉めた後、意外にもあの若い男は露伴以上の強引さで品物を押し付けて帰って行った。
運送会社にも連絡した。
デパートにも確認した。
書類の上では、間違いなくこれは露伴が自分で買って支払いも済ませて届けられた品だった。不愉快なことに。
どこの誰がこんな手の込んだ嫌がらせをするのか、露伴には全く心当たりはない。
本人にはわからなくとも、確かにそういった行為に及んでもおかしくないだけの被害を受けている人間は大勢いたのだが、露伴自身はそんなことなどわかっていない。
そのまま扉の横に転がされた箱に、露伴は警戒しながら近付いた。
「……開ける分には問題ないか」
露伴が買ったことになっているのだから、露伴が開けて悪いことはない。
それに中身を見れば、少しは何か手掛かりがあるかもしれない。
遠慮無くガムテープを剥がし、箱を開ける。
中から出て来た物を見ても、露伴はさほど驚かなかった。先にそれが『婦人洋品』だと書かれていたのを目にしているのだし、箱に詰められているのは確かにその名の通りの品々だったからだ。
女性用のカットソーが二枚、ブラウスが一枚、ワンピースが一着、スカートが………。
「七、八、九……十五、だと?」
これだけ衣類が詰まっていれば重たいはずだ。
サイズは全て九号。デザインは十代から二十代の人間が幅広く着こなすタイプ。標準的過ぎて何の手掛かりにもならない。
床に広げられたそれを前に、露伴がもう溜め息しか出せずにいた時、間の悪い客がやって来た。
「露伴先生、こんにちは。ちょっとお話しがあるんですけど」
見苦しい奴が遠慮無く入って来た。
なんだったか。印象が薄くて忘れそうだった。ああ、そうだ、闢cとかいう品性下劣な高校生だ。
「勝手に人の家に上がり込むんじゃない」
ちらりと見遣っただけで、露伴はすぐにまたこの謎の品々に視線を戻す。
つられて闢cも。
「うわああああっっっ!! ろっ、露伴先生っ、これっ」
ろくでもない勘違いをし始めそうだ。
先手を打とうかと思ったが、既に遅かったらしい。
「誰にも言いません! 言いませんから、許してください!」
前にちょっと怖い目に遭わせたのが効いているらしく、いきなり土下座をして許しを請い始めた。別に何もしないんだが。
「何も見ませんでした! 誰にも言いません!」
「………」
「露伴先生に女装趣味があったなんて、秘密にしておきますから!」
瞬間、露伴の目が光ったのを闢cは見逃さなかった。
殺されるかもしれない、と脅え始める。
「なぜ僕が、こんな衣装を付けて遊ばなければならないんだ? それとも、おまえの方がそういう方面に興味があるわけか?」
静かに怒っているらしいと闢cにはわかった。じりじりと後ずさる闢cに、露伴は大股に近付いた。
「うるさいから黙ってろ」
と同時に闢cは本にされ、露伴が今どういう状況にあるのかを正確に書き込まれた。
「あ……そうなんだ。よくわかります、先生」
一瞬にして落ち着きを取り戻した闢cを無視し、露伴はまたこの衣類を前に考え込む。
どうしたものか。
やはり返品しよう。向こうが拒否しても無理矢理突き返そう。
「おい、おまえ。これを箱に詰め直すから手伝え」
「はい!」
二人で屈み込んで作業を始めた時。
「露伴先生、お邪魔しまーす」
だから、勝手に入って来るな。
露伴は舌打ちして扉を見た。
遠慮無く上がり込んで来たのは億泰だった。
「!」
「………」
「………」
全員が無言だった。
露伴と闢cはスカートを手に持ったまま静止し、億泰は完全に固まってそんな二人を見つめて冷や汗をかいている。
「あ、あっ……」
何か言いたいらしいが、言葉にならないのだろう。億泰が目を見開いている間に、露伴は素早く彼に近付き、また状況説明を書き込んだ。
口で言うよりもこの方が早い。それに、正確に理解もできる。
先に書いた方がいいのは、それだけではない。
また闢cのように的はずれなことを言い出されたくないからだ。さっきの女装がどうとかいう言葉には、本気でこの男を自殺させようかと思ったくらいだ。余白に『今すぐ自殺する』とでも書けば、露伴が手を汚すことなく始末できるのだから。
すぐに落ち着き、床に座り込む億泰に、露伴は今急に気になったことを尋ねてみる。
「一人か? それともまだ、誰か来るのか?」
誰か来るたびに、いちいち同じことを繰り返していたのでは、いつまで経っても収拾がつかない。
「もうすぐ、仗助と康一と由花子が……」
「なんだっておまえ達、今日に限って皆揃ってここに来るんだ?」
闢cが来たということからしてまずおかしい。どういうつもりで人の家に集合しようとしているのか。
「いや、康一のやつが、ここに来いって言うから……」
壁に背を預けたままの億泰が、しどろもどろ言い訳をし始めたが、この頭の悪い男の話で納得できるとは思えない。
それより重要なのは、その三人が辿り着くより早く、この厄介な荷物を始末することだ。
「おまえもか?」
振り返ると、闢cはまだスカートをべたべた触り続けている。何か特殊な興味を抱いているのか、片付けようという意志が感じられない。
露伴の視線に気づき、慌てて首を上下に振って肯定を示す。
そもそも今日は何なんだ?
突然誰かの嫌がらせのように、訳の分からない物が届き、かと思えば次から次へと招いてもいない客がやって来て、勝手な誤解をする。
それまでなんとか耐えていたものが、一気に噴出するのを露伴は感じた。
いくら康一でも、勝手に人の家を集会場にするとはどういうつもりか。
「貴様ら、人をなんだと思ってるんだ!」
露伴がそう叫ぶのと同時に、また玄関に人が立った。
「先生、こんにちはー」
半開きの扉に気づいたか、三人分の影が中へ踏み込もうとしている。
止める暇は既にない。
露伴の気持ちは決まっている。
顔を見せたらすぐにヘブンズ・ドアーを使おう。これ以上騒がしいのは御免だ。
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