一見、露伴が親しく付き合っているのは康一だけのように思えるが。
実はこの町のスタンド使いの中に、たった一人、露伴と同い年の男がいる。
別に仲の良い友達というわけではなかったが、何かと役に立つ男なので、時々は連絡を取って押さえてあるのだ。
あまり自慢できるような相手ではなかったため、彼と露伴の間の交遊について知る者は少ない。
小林玉美の能力も、露伴にだけは通用しなかった。
日常的に平然とプライバシーの侵害をしている露伴には、どんなことをしても罪の意識を抱かせられないからだ。
たまに簡単なバイトで大金を貰っている身だったが、玉美にとってこの露伴ほど薄気味悪い相手はいない。
できることなら関わりたくない相手だった。
よく覚えていないが頭に怪我をして入院し、その費用で殆ど無一文に近い状態になってしまった後、なんとか生活できたのは露伴から貰った金のお陰だったにしても。
今でも、玉美は時折露伴に罪悪感を抱かせようと試みることがある。できないとなると、却ってムキになってしまう。
そして結局は、自信を喪失することになるのだが。
今日も玉美は公園のベンチにどっかりと腰を下ろし、露伴に罪悪感を感じさせる方法についていろいろと思案を重ねていた。
あれだけ好き勝手に生きてる男が相手となると、まともな人間なら生きていられないはずの事にも全く動じない。大切な親族一人いないので、家族に錠前を付ける作戦も無理。
大切な物は何かと聞けば、「漫画だ」ときっぱり言い切り、それ以外には本当に何も無い。
試しに、路駐をしていた車のタイヤの前に、本物の猫の死骸を転がしておいたこともある。勿論玉美が殺したわけではない。たまたま道を歩いていたら、車に轢かれた死体を見つけたのだ。
車に乗り込んだ露伴は、何かを踏み潰したことに気づいて、一旦車から降りて車輪を確認した。
普通なら猫を殺してしまったことに何らかの衝撃を受けるはずなのだが、露伴は澄ました顔で後部座席からスケッチブックを取り出し、そのまま猫の死骸を描き始めた。
一通り写し終わると、猫を放置して再び走り出した。
悪びれた様子は全く無かった。
それどころか、轢死した猫を間近で見れたことに対する満足感のような物を感じていたらしい。
死体見て喜ぶ奴はそうはいないはずなのに。
色々とやってみた中には、玉美が身体を張った芸当もあった。
走行中のバイクの前に飛び出したのだ。
その辺りはちゃんと計算して、減速するタイミングに合わせて飛び込み、ぶつからないように注意していたので、かすり傷しか負わなかった。
それでも腕からは多少出血していたが。
ここまでしても、やはり露伴は動じなかった。
露伴の行く手に飛び出して来た奴が一方的に悪い、と逆にこちらの方が責められた。
あの男は人間らしい情が無いのかもしれない。
近頃はそう思い始めている。
まあ、強請たかりは必要のない相手ではある。大した用事でもないのに金払いもいいのだから。
露伴は根本的に玉美を信用していない。
顔を見るたびに、とりあえず本音を読ませてもらっている。
その中には、露伴に対してくだらない悪戯を仕掛けようとしていることもしっかりと書かれていた。が、特に対策は立てていない。
露伴が罪の意識など持ち得ないことは、誰よりもよく自分がわかっている。
だいたい、他人に対して罪悪感を抱くなど、あまりにも卑屈な感情だと露伴は常日頃から思っていた。自分のやることに自信を持って生きていれば、そんな気持ちにはならないはずだ。
だが、露伴はその玉美の涙ぐましい努力は買っていた。
あれは意外に頭を使って来る場合がある。
稚拙なものから狡猾なものまで、そのバリエーションは露伴をそれなりに楽しませてくれる。
車の下に猫の死体を仕込んだり、自らバイクの前に突っ込んで来る、という馬鹿馬鹿しすぎて却って不愉快になるような真似もたまにされるが、それ以外では、露伴が感心してしまうくらい卑劣な行動もあった。
いくら気に入っているとはいえ、康一達のような純真な青少年ばかりを見ているわけにはいかない事情も露伴にはある。
たまには、それとは正反対の人間も観察していなければ、質の良い作品を生み出せない。様々な種類の人間を知ってこそ、作品のリアリティも増すというものだ。
ヒーローには敵対する悪役が必須条件。
ここ数日、康一ばかり構っていたので、そろそろ悪漢の方もチェックしておくか。
露伴は、玉美に電話をかける。
その頃、玉美はまだ公園でぼんやりしていたので、自宅には誰もいない。
露伴はすぐに諦め、受話器を下ろした。
そして、ある種の問題に気づく。
玉美一人では役不足だ。
もう一人二人、悪役のサンプルが欲しい。
前に康一と一緒にサインを貰いに来た闢c、あれはだめだ。器が小さすぎる。
様々な顔を思い浮かべたが、これといった適任者はいない。
が、焦る必要はなかった。
ヒーローは少ないが、悪役ならいくらでも外をうようよしているものだ。この町にいなければ、今度旅行に出た際に見つけてくればいいだけのこと。
まだ真っ白なままの原稿用紙を見遣り、露伴は康一の本から書き写しておいたメモを開く。
今週分は、これだけあれば十分描ける。
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