普段通らない道を歩いていると、珍しい物を見つけることがある。
何気なく、今まで通ったことのないルートで家路に着こうとした露伴は、古い商店の前に並べられた自動販売機の一つに目を留めた。
近頃滅多に見かけなくなったタイプだ。
「へえ……懐かしいな」
当たりが出ればもう一本、という、何故か誰もがそそられてしまう自動販売機。入っている飲み物の種類は、スタンダード過ぎて面白みの欠片もないのだが、つい引き寄せられてしまった。
何か飲みたいのなら、家に帰れば冷蔵庫に色々と冷やしてあるし、途中の店でゆったりと過ごすことも可能だ。
が、何かくすぐられてしまったようだ。
何気なく小銭を投入し始める。
そして缶コーヒーを選ぶ。
しばし間があって。
「……はずれか」
一本だけのコーヒーを片手に、露伴は周囲を見回した。見た限りでは、近くに知り合いの姿はない。
思い切って、再びコインを入れる。
今度はオレンジジュースだ。
長い間の後に。
「……またか!」
この黙って待っている時間が嫌だ。ただじっと自販機を見つめた挙げ句に何事も起こらないというのが嫌だ。
だからこの手の遊びは嫌なんだ。報われる、ということが殆どない。
苛立ちを隠そうともせず、露伴はコインを投入し続ける。
同刻。
重ちーの残したボタンを手に、聞き込みに回っていた承太郎も、偶然その近くにいた。
古い商店が何軒か並ぶこの付近の衣料関係を訪ねていたところだった。
閑散とした一帯に、承太郎の靴音だけが響く。
静かな町だ、と思っていたその矢先。
ガランガランガラン……
何かが落ちて転がる音に、反射的に顔を上げた。
十メートル程離れた自動販売機の前で、若い男が両手に抱えた缶ジュースを道路に投げ捨てているのが見える。
転がる缶が、道めいいっぱいに拡がる。
「商売だから、そうそう簡単に当たらせないというのは知っているさ! だが、いくらなんでも外れすぎだ!」
若い男は自販機に指を突き付け、他に誰もいないというのに怒鳴り始める。
「……?」
「ムカついて来たぞ……おい、店主! いないのか!?」
横の戸口に向かって叫び、店の人間を呼び出そうとし始めている。
先程様子を伺っていたらしく、店の親父はおそるおそる顔を出す。
「な、なにか、ありましたか……?」
「こんなストレスの溜まる物、久しぶりに会ったぞ! 僕は今ここで二十本買ったが、まだ一度も当たってない! 客を苛立たせる為に置いてあるとしか思えないぞ!」
「お、お客さん……中々当たらないから、やり甲斐があるんですよ……?」
「当たらなすぎだ!」
商売人の勘か、親父は後退りし始める。
この兄さんは質が悪い、キレたら何されるかわからん。そういった不安が顔にはっきりと浮かんでいるのが見て取れる。
「お客さん……そんな大人気ない……」
「貴様、経営者のくせに、この僕を愚弄するのか!」
少し離れたところから傍観してしまっていた承太郎だったが、ふとその後ろ姿が誰だったか思い出す。
「あのギザギザ男……?」
有名な漫画家だというスタンド使いだ。名前も思い出した。
「当たらなかったんだから、それなりの責任は取ってもらう!」
「そんな無茶な……お金は返せませんよぅ……」
絶対に返金を求められると思った親父は、それだけは勘弁してくれと頭を下げる。
「この僕がそんなケチなことを言うもんか!」
「え……違うんで……?」
しまった、先走ったか。親父の顔は後悔に染まる。
今のがこの男の逆鱗に触れたらしく、眉を吊り上げ、親父を威嚇する。
若いのになんて迫力だ……命だけは取られませんように。親父は完全に脅えている。
「僕はこんなに缶ジュースを貰いたくない! 持って帰らないからな! 始末しておけ!」
「ええっ、お客さんのお金で買った物ですよ?」
「いらないと言ってるんだ! 何度も聞くな! 捨てようが飲もうが配ろうが、好きなようにすればいいだろう!」
「……本当にいいんですかぁ……?」
「まだわからないのか……?」
男のこめかみの辺りが、一層の怒りを示しているのを見、親父は両手を振り回して弁解する。
「いえいえいえ! こちらで責任を持って始末させて頂きますよ!」
「そう。じゃ、頼んだよ」
先程の剣幕はどこへやら、男はあっさりと背を向け、何事もなかったように去って行く。
「ガキより始末が悪いな……」
理解しがたい男だ。
露伴の姿が見えなくなるまで、承太郎は立ち尽くしていた。
そして一つ息を吐き、散乱した缶を拾い集めている店の親父の前に近付く。
「まったく……近頃の若い者ときたら、本当になっとらん。子供でもこんな横暴は言わんぞ」
不満はいろいろとあるようだが、面と向かって言うのは怖かったらしい。
「あーあ、へこんじまってる……これじゃ売り物にならねえな……」
露伴が思いきりよく叩き付けたせいで、殆どの缶が損傷していた。
「売り物にならないなら、一本くれ」
突然掛かった声に、中腰になっていた親父は顔を上げる。
「ひっ……」
ここら辺りでは見たこともないような大男に見下ろされている。
無言の眼光が、先程の若い男とは違った意味で威圧感を与える。
「あっあの……さっきのお客さんのお知り合いか何かで……?」
「似たようなもんだな」
まだこの恐怖は続くのか。親父は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「タダでまずいなら、金を払うが……」
本当に金を払う気があるのかどうか、親父にはわからなかった。が、大男は懐から財布を取り出そうとしていた。
「いえいえいえいえっ! とんでもないっ! どうぞ、お持ち下さい!」
「そうか……」
顔中を伝う冷や汗を自覚しながら、親父は両腕に抱えた缶を差し出した。
大男はその中から二本ばかり選び出すと、軽く帽子の鍔に手を添えて礼を述べ、こちらもまた振り返ることなく歩き去った。
取り残された親父は、その背中が完全に見えなくなるまで固まったままだったが、数分後やっと額の汗を拭った。
「この町にも、妙な若者が増えたもんだ……」
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