山岸由花子と康一がうまくいった、という事実は、露伴にとっては大した事件ではない。
康一に特定の彼女ができたからといって、毎日毎日べったりということもないだろうし、今まで通り露伴が必要な時に康一を捕まえることができるのだから、これといった支障はない。
それよりも、あの康一がどの程度のコトに及べるのか、それをチェックしてみたい。
まあ、読まなくて想像はつくが。
手を握ったとか、一緒にカフェでパフェを食べたとか、そういった事柄は既に読ませてもらっていたが、それ以上の進展は見込めないと露伴は思っている。
そして今、露伴の興味は、その二人に協力した魔法使いの方へと移っていた。
露伴とて鬼ではない。
他人の幸せを壊すことにしか喜びを感じられないというような変態的な趣味はない。
物事が劇的に、面白く進行すれば、それで露伴は満足する。
つまり、康一と由花子に関しては、くっつかれて困る、とは思っていなかったのだ。面白い経過さえあれば、うまくいこうが駄目になろうが、どちらでも良かった。
今回の騒動は、結果から言えば、それなりだった。それなりではあったが、すんなりと話が丸く収まってしまった。
どうもこの展開は、少女漫画みたいだったな。
少女漫画のような展開は、それはそれで悪いことではない。純愛と少女漫画の間には切っても切れない縁がある。
だが。
あの二人の間を、少女漫画的にまとめ上げてしまったのが、よりにもよってスタンド使いの女だった。
自分から童話のシンデレラの中の魔法使いを名乗るような女に取り持ってもらったなどということが、露伴には気に食わない。
……安易すぎる。
もっと紆余曲折を経て、そしてドラマチックに結ばれる方が露伴の好みだった。
どうせくっつくんだったら、もっともっと悩んで苦しんで、その果てにハッピーエンドが待っているって方が、僕は好きなんだぜ!
魔法使いに助けてもらう、など反則もいいところだ。
何のために、露伴が時々二人をからかったり虐めたりしていたのか、これでは全く意味がない。
自分に何の関係もなく、何の口出しも手出しもしていないことに対して、これほど憤りを感じるのは筋違いのはずなのだが、露伴にはそんなことは関係ない。
その魔法使いとやらに、厭味の一つでも言わずにはいられない。
「せっかくの僕の大事な素材に、なんてことをしてくれたんだ……!」
実際そのビルの前まで来た露伴だったが、入る前に興味は別のところに移ってしまっていた。
例のエステから出て来る女達。
入る前とは輝きが違っている。信じられない程の自信を身につけて町へ出て行く。
ほんの少し顔を変えただけで、どうしてこれほどまで内面まで変化しているのか。
気になってしまったので、露伴は今まさに入ろうとしていた陰のある暗い女を捕まえた。
「失礼。……ヘブンズ・ドアー!」
堂々と店の前で女性を気絶させていても、周囲の目はあまり気にしていない。
「ふーん……恋人から二股、自棄になって上司と不倫、奥さんと職場にばれて退職、実家に帰って来て小さな洋品店で細々。毎朝同じ電車に乗る青年が気になっているが、年下らしい。今日は声を掛けてみようと勇気を出したが、揺られた時に弾みで彼のお尻を撫でてしまった。絶対に年増の痴女だと思われた」
結構悲惨だな。
この女も、ここに入った後は、明るい顔で出て来るのだろうか。
一旦解除し、露伴は物陰から様子を伺う。
何も気づいていない女は店へ入った。
あれから三十分。
先程露伴が読んだ女はシンデレラを出て、駅の方へ向かっている。
店に入る前と同じ人間とは思えない歩き方だ。
さりげなく露伴は彼女の前に出、再び本にする。
手早く最新のページを開く。
「……今までのは、良くない運勢のせいだ。確かに失敗ばかりだったけど、男は次から次へと現れた。今度は捕まえた男は逃がさないから大丈夫。……根拠も無いのに、すごい自信だな」
スタンドで変えた運勢なのだから、多分それは絶対なのだろうが。
しかしこの女にはそんな事情はわからないはずだ。口先だけでここまで思わせられるってのか?
納得がいかなかったが、もうしばらく様子を見ることにした。
再び女を元に戻し、露伴はまた彼女の後を付け始める。
と、五分もしないうちに、露伴とそう変わらぬ歳の若い男が近寄って来た。
「あの……いつも同じ電車に乗ってますよね?」
「えっ。ええ……」
「今日はちょっとびっくりしましたけど、あの……その、実は前からずっと気になってたって言うか……えっと、うまく言えないな……良かったら、そこでお茶でもどうです?」
なんだと?
なんだ、この展開は。
安易すぎる。安易すぎるぞ。
女は待ってましたとばかりに着いて行く。早くも二人の間から良い雰囲気が滲み出している。
こういうのは、僕の好みじゃない。
こんなにあっさり話がまとまってどうするんだ?
ちっとも面白くないじゃないか。僕は嫌だぞ。
振り返ると、またシンデレラへ入って行く女が目に入る。
意外と繁盛しているらしい。
しばらくその様子を伺っていたが、露伴は溜め息を一つ吐いた後、そこから離れた。
露伴自身も、夢を売るのが商売だ。
だったら一人くらい、女の子達の為の魔法使いがいてもいいだろう。
見てしまうから気になるんだ。
関わらなければ、それほど気にはならないだろう。
第一、他に使い途のないスタンドなら、最も有用な使い方をして役立つというのも、それほど悪くはない。
これ以上僕の周りをあっさり幸せにするようなら、その時は考えるがね。
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