取材で亀友デパートの写真が必要になったので、露伴はカメラを持って向かっていた。
 都合の良いことに、康一の姿を見つけ、露伴は強引に彼を連れて行こうと決めた。
 何やら山岸由花子と良い雰囲気だったのは感じ取っていたが、折角面白い場面に居合わせてしまったのだから、このまま黙って見守るなどつまらない。
 恋には障害がつきもので、タイミングを逸することも後々盛り上がるために欠かせない。
 康一を伴って歩き始めた時、ちらりと由花子の様子を伺ったところ、何処かに電話をしながら口紅を塗っていたが、すぐに追いついて来てぴったりと後ろに着いたということは、また康一とのチャンスを待っているのだろう。
 恋愛は自力でなんとかするものだよ、由花子くん。
 協力しない、というだけならまだしも、露伴がやっていることは明らかな妨害行為だ。
 勿論、悪いとは思わない。
 露伴は今、一人で写真を撮りたくなかったし、偶然にも康一に会ったのだから、こうなるのは当然の成り行きだ。由花子と康一がくっつきそうでくっつかないのは二人の問題であって、露伴の責任ではない。
 全てにおいて自分が優先な露伴は、なんとなく状況が見えていても、気を遣おうとは思わず、康一を伴って歩き続ける。


 一体何が起こったのか、デパートに着くまでの間に、ばったり出会す人数が多すぎる。
 気づいてみれば、七人でぞろぞろと入ってしまった。
 仗助やジョセフ・ジョースターだけならまだましだった。
 康一の母親と姉が合流する、というのは露伴の計算には入っていない。
 こうなって来ると、今日はもう、あの二人には何も起こらないな。
 露伴が康一を無理矢理引き摺って来たのは、確かに自分のためだった。が、その考えの中でおよそ一割程度を、康一と由花子の何事かを見られるかもしれないという出歯亀根性が占めていたことも嘘ではない。
 由花子のあの様子からして、今日あたり積極的に康一に迫って行きそうだったので、今度描くテーマの『高校生の純愛』についていいサンプルが取れるのではないかと思っていたのだが。
 勿論、そういったことはおくびにも出さなかったので、同行する誰一人として、露伴のそんな狙いには気づいていなかったが。
 極力そちらの方を見ないようにしながらも、実は時折ちらりと二人に視線を送っていたのだ。


 露伴にとって計算外の出来事は、デパートに入ってすぐに起こってしまった。
 まさか、このカメラのフラッシュで、例の赤ん坊が透明になり始めるとは。
 慌てて走り去る仗助とジョセフの背中を、露伴は「まあ大丈夫だろう」と気楽に見送る。赤ん坊の面倒を見ているのはあの二人なのだし、よくあることなので慣れているだろうから。
 あまり動揺していない露伴は、すぐに周囲の状況を把握しようとし始めた。
 まず、事情が呑み込めていない康一の母と姉。訳が分からないといった顔で走って行く二人をまだ見つめている。
 この問題については、露伴は無視することにする。説明を求められても、答えるのはきっと康一の役目になるはずだ。もしこちらに振ってこられても、強引に康一に押し付ければいい。
 で、その康一は。
 後ろを振り返りかけて、露伴は途中でやめた。
 一瞬だったが、見えてしまった。
 さりげなくまた首を巡らせ、デパートの入り口付近に顔を戻す。
 だが全神経は背後へ注がれている。
 近頃の高校生は大胆だな。まさかこんな場所で抱き合ってキスまでしているとは。
 しかも、これはすごい場面だ。
 どちらかから強引に仕掛けたのではないことは、二人の態度でわかる。だからといって、合意の上で、人前でしてやろうと狙って行っているような作為的な感じもしない。
 これはすごいぞ。
 こんな場所でありながら、ごくごく自然にこうなってしまった、という空気に満ちている。
 まさしく純愛に相応しい運命的な瞬間じゃないか。
 二人の表情を今すぐスケッチブックに写したくなった。
 が、こんな至近距離でそんなことをする人間が現れては、折角の二人のムードもぎこちない物に変わってしまいかねない。
 こんないい場面に出会したってのに、僕が見てたら台無しになる。だからといって見なければ絵に描けない。
 数秒、露伴は迷った。
 ほんの数秒だ。
 結論はすぐに出た。
 後から康一を読んで追体験させてもらうことにしよう。
 ついでに由花子の方も読みたい。双方を読んでこそ、作品に深みが出る。
 また、その一方で、露伴はここで客観的な見地から二人の様子を伺っている。
 三つのそれぞれの視点を完璧に掌握してこそ、真にリアルな作品を生み出せる。
 仗助とジョセフの背中を心配そうに見るふりをしながら、露伴は、背後の二人と自身の作品について思いを巡らせ、密かに狂喜していた。
 そこにいる誰も、そんな露伴には気づいていなかったが。


 三日後。
 露伴は、二人の仲がうまくまとまったという話を耳にする。
 それを知った露伴はすぐさまスケッチブックを抱えて家を飛び出した。もうページを破り取るわけにはいかないので、メモを取らせてもらうしかないからだが、この勝手に読んでそれを写すという行為も、人道的見地からはけして許されないものだということは、相変わらずわかっていない。
 新たな分野に挑戦した露伴の自信作が完成するのは、まだしばらく先のことになる。

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