トゥルルルル。
何コールしても、露伴は出ない。
ひょっとして、出掛けてるのかもしれない。
露伴の生活はよくわからない。週の半分以上は家にいるらしいが、空いている日は旅行に行ったりするとも聞いている。もしかしたら今日がその日なのかもしれなかった。
頼んでいたMDを、いったいいつ受け取りに行こうか、今日は学校も休みだから今から行っていいか、それを尋ねるためにした電話だ。
「いないんだったら、留守番電話になってるはずだけど……」
番号が違っているのかもしれない。
かけ間違えた可能性を考え、康一は手帳の番号をもう一度見直した。
合っている。これが露伴の自宅の番号だ。
一度受話器を置いて、もう一度かけてみる。
何かあったのかも。もしかしたらスタンド使いに襲われているのかもしれない。
露伴は独り暮らしで、あまり他人と接触しない生活を送っているから、一番襲いやすい。
嫌な予感がした。
康一は意を決して再び受話器を握った。
今度はすぐに出た。
「あっ、露伴先生。いるなら出てくださいよ、僕なんかあったんじゃないかって心配しちゃいましたよー。それでですね、この前お願いした件なんですけど、今日これから遊びに行ってもいいですか?」
おかしい。
さっきからまだ一言も聞いていない。
「露伴先生? 先生、どうしたんです!?」
変わらず返事はない。
それどころか、何の物音も聞こえない。
「先生!? 何かあったんですか?」
「……いや。ただの、風邪……、だよ。……別の日に……してくれ……」
やっと返った返事は、露伴らしからぬ弱々しさ。途切れ途切れの言葉と、苦しげな息遣い。
「ええっ!? 大丈夫ですか!? 先生、なんだか苦しそうですよ」
「………」
「先生!? 露伴先生!?」
それきり、何度呼びかけても何も返らない。
思わず電話を切り、すぐにまたかけ直す。
ツー、ツー、ツー。
繋がらない。
受話器を持ったままなんだ。そのまま気を失ったか、動けなくなったかのどっちかなんだ。
ただの風邪だ、とも思ったのだが。
「露伴先生、独りぼっちなのに……」
看病してくれる人なんか、いるはずない。
風邪だと思って馬鹿にしていて、このまま一週間経ったりして、誰か尋ねて来た人が見つけた時には手遅れだったとか、そういうことになったら……。
よくわからないけれど、漫画家っていう職業は不摂生してるイメージがある。露伴は、家だけ見れば几帳面そうだったので規格外だと思っていたが、実は不規則な生活をしているのかもしれない。
根詰めて仕事して、弱ってる時に風邪とかひいたら、意外とあっさり……。
「ど、どうしよう?」
慌てて家を飛び出した康一の姿に、声を掛ける男一人。
「どうした、康一? 犬の散歩?」
丁度康一の家に遊びに来た億泰だった。
「億泰くん! 仗助くんも!」
良かった。一人でどうしようかと思ってたんだ。
「今電話かけたら、露伴先生が病気みたいなんだよ! 風邪だって言ってたけど、様子がおかしいからちょっと行ってみようと思って」
露伴、という名前だけで二人は興味を失ったようだった。
「仗助にボコボコにされてもペン握ってるような執念の男だぜ。風邪くらいで死にはしねえよ」
「何言ってるんだよ! 露伴先生だって人間なんだから、死ぬ時は死ぬよ! とにかく一緒に来てよ!」
嫌がる二人を無理に引っ張って、康一は露伴の邸宅の前についた。
が。呼び鈴を鳴らしても反応はなく、外から叫んでも返事はない。ドアには鍵。
「病院でも行ったんじゃねえの?」
「そんなことないよ! 電話だって通じないんだから!」
未だに呑気に構える二人を叱り、康一はドアを乱暴に叩いた。
「露伴先生! 先生! 開けてください!」
そんな康一を見かねたか、通りに佇んでいた仗助が近付く。
「どいてろ、康一」
言うなり、いきなりドアを粉砕する。
「なっ何やってんの!?」
「鍵かかってんだから、こうするしかねーだろ」
「ドアなんか叩き壊したら、露伴先生に怒られるよ!」
「後から元通りに直せば平気だって。露伴、いねーのか!?」
家主に無断で上がり込み、どんどん奥へと進む。
やってしまったものは仕方がないので、康一も続いて中に入った。
「お邪魔しまーす……」
相変わらず、露伴が出て来る気配はない。
三人は遠慮無く歩き回り、二階へと上がる。
一つ一つ部屋を確認し、そしてとある部屋の扉を開けた時。
「露伴先生……?」
ベッドに倒れ込むようにして横たわる露伴を見つけた。
左手のそばには受話器が無造作に放り出されたまま。
三人が近寄っても全く気づく様子もない。
「露伴? こりゃだめだな。気ぃ失ってる」
軽く身体を突っついて反応を確かめた億泰が、変わらず呑気に家中を見回す。
「しかしいい家だなぁ、高そうな家具ばっかり」
「それどころじゃないよ! 露伴先生、しっかりしてください!」
揺り動かしても、露伴は目覚めない。それどころか、すごい熱だ。
それまで黙って様子を見ていた仗助だったが、康一の肩に手をかけ囁いた。
「やっぱり帰ろうぜ。俺達がいても仕方ねーよ」
「こんな露伴先生を放っておけって言うの!?」
「そうじゃねぇよ。いいか、康一。こいつは岸辺露伴だぜ? あのプライドの高い男が、俺達に介抱されたなんて後から知ったら、どうなると思う? こいつ、ショックで焼身自殺するかもな」
「う……」
言われてみればそれもそうだ。
「だろー? だから医者にもいかねーし、誰も呼ばなかったんだぜ? 放っとけよ、助けたって感謝しねえよ、こいつ」
「でも……人を助けるのは、お礼言ってもらいたいからじゃないよ!」
「俺達のことじゃなくてよー、こいつの受け取り方の問題なんだよ」
「僕達、みんな仲間じゃないか! 助け合って当たり前だ!」
一方で億泰は、そんな二人と露伴とを交互に見遣って思っていた。
「……これだけ騒いでも起きないって、本当に重症なんだな……」
露伴の考える世の中と、康一の頭の中にある世界は少し食い違っている。
ここにある世界は同じものでありながら、今この一室に集まった四人の考えはそれぞれだったため、結論は簡単には出なさそうだった。
家の中を見た結果、どうやら薬は飲んだらしいことがわかった。
だったら後は温かくして寝かせておいて、様子を見るのが一番だ。
三人で露伴をベッドに押し込めた後、ドアを元に戻して外に出る。
「とりあえず、夕方まで待って熱が下がらねえようなら、その時は医者まで連れて行くってことでどうだ? 康一、おまえ後から様子見に来いよ。大丈夫、電話で聞いて気になったから来てみました、って言えば、さっき家の中に入ったことなんかわかってねーから、あいつ信じるぜ」
「そ、そう……?」
「いいか、その時も、できるだけ気楽にな。心配で堪りませんでしたって顔すんなよ? なあに、軽く、風邪ひいた時はのど飴舐めてた方がいいですよー、くらいのノリで話すんだぜ?」
「わかった。やってみる」
「なんかあったら、俺達に連絡しろよ。すぐに来っからよ」
「うん、ありがとう」
仗助と億泰を見送り、康一はもう一度だけ振り返って露伴の寝室の窓を仰いだ。
風邪、良くなってればいいけど。
踵を返すと、康一は夕方の再訪の際に備えて、台詞の練習をしながら歩き始めた。
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