その午後、鈴美のいる小道に呼ばれ、仗助の友人の一人であり、行方不明となっていた矢安宮重清が既に死んでいることを知らされた。
 とはいえ、その重ちーと呼ばれていた少年と、露伴は面識が全く無かったので、集まった内の何人かが抱えてしまった落胆とは縁遠い状態だった。
 犯人はスタンド使い。
 そう判明した時、露伴は少しだけ何かに安堵した。
 これで、皆がそいつを探し始める。堂々と、自分もそれに参加できる。
 これまでは、康一の正義感だけがその捜索を先導していた。だがそれだけでは、露伴が素直に犯人を捜すことはできない。
 何の為に犯人を捜そうとするのか。……野放しにできないから。許せないから。鈴美のために何かしたいから。
 露伴がどういう人間なのか、それは露伴自身が誰よりもよく知っている。そんな理由で、露伴が駆けずり回るなど、他人にはあまり見せたくない醜態だ。
 しかしこれならば。
 スタンド使いだから。町を救いたいから。自分もスタンド能力を得てしまった一人として、その義務があるから。
 立派な理由じゃないか。
 別に鈴美のためじゃない。安っぽい人道主義でもない。ただの義務さ、だから協力するのさ。
 誰に尋ねられても、そうやって言い訳できるじゃないか。
 皆が一様にそいつを探す。だったら、自分も一緒に探してやってもいい。
 露伴は自分にそう言い聞かせる。
 そう。
 これで、やっと。やっと、自分も大っぴらに動ける。
 露伴はそのことに、少しだけ安堵した。


 彼等と別れた後、露伴はそのまま自宅へ戻った。
 家の中に差し込む夕日の赤が、今日に限って不思議と温かい。時折こんな光景に寂寥感を感じることはあっても、眩しく感じたことはまだ一度もなかったというのに。
 これから、何かが変わって行くのかもしれない。
 小さな予感が生じる。
 露伴はそのまま二階に上がり、仕事部屋の扉を開ける。
 入り口に立ったまましばらく考えた後、今度は寝室の扉を開け放った。そうやって家中全ての扉を開けて回る。
 窓を開けると、全ての部屋を風が吹き抜けて行った。
 それからおもむろに、納戸を開けた。
 引っ越して来て以来、普段使わないがらくたを収めてある小さな空間。奥には、段ボール箱が幾つか見える。
 この中には、絶対に開くつもりのない、けれど捨てるのも躊躇してしまう、露伴自身の過去の品々が眠っている。
 露伴は迷うことなく重い箱を引っ張り出す。
 本当なら、手を痛めるこの種の作業は嫌いだったのだが、今日だけは特別だ。
 探したい物がある。
 どうしても見つけた物がある。
 しかし、その思いとは裏腹に、見つからないだろうということも、露伴はどこかで感じていた。


 箱の天面に張られたガムテープは、長い年月をそのままの状態で過ごした。
 良くないものを封じ込めるかのようだ。それを剥がすのに労力を要する。
 カッターか何かを差し込んで開く方法が一番手っ取り早い。そんなことを考えたはずなのに、なぜかそれはすぐに打ち消されてしまう。
 自分の手で、この指で、この爪の先で。その感触を確かめながら、開封したい。
 馬鹿なことだと知りながら、露伴は手を止めることができない。
 やっとの思いで開けた箱の中には、小学校の卒業アルバムと卒業証書、そんなつまらない思い出の品が詰まっていた。
 わかっていたことだ。
 落ち込む程のことじゃない。
 露伴はそれらを無造作に放り出し、今度は別の箱へ手を伸ばす。
 また長い時間をかけて、次の箱も開かれる。
 そうやって次々と開封して行き、とうとう最後の箱の中身を、底までしっかりと確かめた後。
「……あるはずもないか」
 そんな物が残っていたら、自分は一度は目にしていたはずだ。見てしまえば、きっと両親に訊いていたはずだ。
『このお姉さんは誰?』
 そう言って、両親を困惑させただろう。
 無いことくらい、最初から知っていた。
 それでも確かめたかったのだ。
 鈴美や杉本家、引いてはこの杜王町全体に関わる思い出を、露伴の両親は全て始末してしまったのだろう。
 それはそれで仕方のないことだったかもしれない。
 幼い露伴の為に、彼等はそうする道を選んだのだから。
「……写真の一枚も無いとはね」
 深く、深く息を吐く。
 解りきっていたことだ。


 数分、露伴はソファに身を沈め、俯いた。
 それからまた、廊下に投げ出されたままの段ボール箱を眺めた。
 ……片付けるか。
 引き出しから新しいガムテープを取り出し、それを片手に箱へと近付いた。
 いっそ、捨ててしまおうか。
 こんな物、何の役にも立たない。
 今の露伴にも、これから先の露伴にも、こんな物はいらない。
 しかしまたしても、引っ越し当時と同じ迷いが生まれ、結局露伴はテープを箱に貼り出す。
 どうせ部屋は沢山余っている。
 これくらいのゴミを収納する場くらい、いくらでもある。
 だったら、この家の中に、一カ所くらいはそんな余分な場所があってもいいだろう。
 真新しいテープは、古びた箱を再び封印する。
 全てを納戸に戻した後、廊下には、剥がされて丸まり、もう粘着力を失った使い古しにガムテープの固まりが残された。
 何の感慨もなくそれを見下ろし、露伴は無造作に拾い上げ、手近なゴミ箱へと投げ捨てた。

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