この町には何人かのスタンド使いがいる。
使える人間は、世界規模で考えるならば、けして少なくはないのだが、常識で言うならば、この小さな町の中にこれだけごろごろしているというのは珍しいことらしい。密度が高すぎるようだ。
その異常な状態は、ある男の手によって作り出されて物だが、そうやって作られた中の一人である露伴としては、それほど悪いこととは思っていない。
これはこれで面白い。ただ町に住んでいるというだけで、非凡な体験を積み重ねられそうだからだ。
夏を前にしたこの日、露伴は仕事の合間に少し気晴らしに外出していた。
夕方のカフェ・ドゥ・マゴは、学校帰りの学生や会社員で混雑はしていたが、空いている席はまだいくつかあった。
四人掛けのテーブルを一人で占拠し、露伴は見慣れた街並みを眺める。
すっかりこの景色にも馴染んでしまった。
と、学生服の一団が通り過ぎるのが目に留まる。あの制服は、知っている連中と同じ高校だ。見知った顔は、この中にはいないようだが。
彼等はいつの間にか露伴を仲間扱いしているらしく、何処かでばったり出会したりすると気軽に話しかけて来る。妙な連帯感は迷惑だったが、漫画を描くことさえ妨げられなければ、露伴は別にどう思われようと構わない。腕を折られたり、入院させられたりしないのだから、この方がましといえばましだろう。
どちらかといえば、露伴のスタンドの使い方は犯罪ぎりぎりのラインのはずなのだが、彼等はその点についてはもう諦めている節がある。プライバシーの侵害は確かにまずい。まずいが、知った情報を悪用しているわけではないし、露伴には露伴なりの漫画に対する信念があってのことなので、全否定することはできないと、無理に納得しようとしているらしい。
多分それも、この町には露伴以上に危険な存在がいるからなのだろう。露伴の行為は法律には引っかかっても、少なくとも人を傷つけたり殺したりするわけではない。犯罪の軽重で善悪を判定するのではないが、おそらく「その程度はまだ可愛いものだ」と思われているし、凶悪な犯罪を前にした時、人間の感覚は麻痺してしまって、多少のことは気にならなくなる。
元はと言えば、全てはあの二月、あの男に射られてから始まったことだ。
この異常なスタンド使いの飽和も、露伴をその渦中に引き込んだのも。
その虹村形兆は既にこの世にない。
彼があちこちで人に矢を放ったのは、父親をどうにかできる能力を作り出すためだったと、後で人づてに聞いた。
それでどうして露伴までもを標的にしたのか、考えてもわからない。手当たり次第だったのかもしれない。漫画の為なら何をしてもいいと言った露伴を適正ありと判断したからかもしれない。
今となっては、それを知る術はないのだが。
それでも考えてしまう。
全ての物事の結果には、それなりの因果と始まりがある。
あの男のしたことは、彼等に仲間を与え、新たな友情を生み出し、少年達を成長させ、そして露伴に最高の環境を提供した。
一つの行為が、次々と何かを積み上げていく。全てが、二乗二乗で大きく上乗せられていく。
が、どれほど大きくなろうと、そこには大元の素数が存在する。最初の数字が。
あの男に選ばれてしまったことが始まりだったのか、この故郷の町に戻って来てしまったことから始まっていたのか。
考えてどうなることでもないというのに、それでも露伴は時折考えてしまう。
何から始まっていたのか、と。
多分、本当の最初というのは、もう思い出すことすらできない十五年前の事件なのかもしれない。
あれがあったから、露伴の一家はこの町を出た。両親は、年月と共に露伴がそれを忘れるに任せ、放っておいた。何も覚えていないから、露伴は平然とこの町に戻ってしまった。
露伴が今一番気に入っている、将来のヒーローたる広瀬康一は、必ず犯人を見つけ出すと意気込んでいた。その熱意は、きっと実るだろう。彼には周りを引き込んでしまえる特性がある。多くの協力者を得て、彼はやがてその殺人鬼を見つけ出すだろう。
これが他の状況だったら、こんなことは露伴には関係ない。他人事だ。どうでもいいことだ。幽霊のためとか町のためとか、そんな正義感は露伴にはない。
しかし、これは多少事情が違う。
自分も当事者の一人だ。
何も知らずにのほほんと生きて来られたのは、誰のおかげだったか。
何が始まりだったかなど、わかるはずもない。
もしかしたら、始まりなどないのかもしれない。何もかもが、偶然絡み合ってここまで来た。様々な要因が、ここに結びついてしまっただけだ。
それでも考えてしまう。
何から始まったのか。
何が、これら一連の出来事の根なのか。
全ての物事の、『ルート』は何だったのか。
顔を上げた瞬間、通りかかった学生服と目があった。
「あっ、露伴先生」
康一だ。今、帰りか。
更に二人、横にいる。
康一がちょこちょこと近寄って来る。
「お仕事終わりですか? ……空いてるとこないなぁ。ここ、いいですか?」
「ああ、構わないよ」
「仗助くーん、億泰くーん!」
誰があの二人まで呼んでいいと言った。
かなり不満だったが、まあ、今日一回限りだ。よしとしてやろう。
彼等も、一応、露伴の大事な素材なのだから。
しかし本人達は、露伴からネタ帳扱いしかされていないとは思ってもいないのだろうが。
どこから始まっていてもいい。
今こうやって、漫画を描くのに最高の環境が整えられているのだから。
貧乏な高校生三人と、高収入の二十歳。
気の利く人間なら、高校生達に何か奢ってやるだろう。
そんなことなど思いつきもしない露伴は、なぜこの高校生がメニューを開いて、飢えた鯉のような目付きで出来るだけ高い物を選ぼうとしているのか、全くわかっていなかった。
そして、実は彼等の懐がコーヒー一杯飲むのが精一杯だということも、露伴が奢ってくれると何の根拠もなく確信して色々と注文していることも、やはり露伴は知らなかった。
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