すきだから、すき。だから、僕は君を守るよ。

 二人きりで、しかも会話が途切れると、視線が気になる。
 何度か顔を合わせたことはあったが、話をするのは今日が初めて。
 声を聞いたのも、今日が初めて。
 だからかもしれない。
 どういう人間なのか、まだ理解できていないから、見られると気になるのかもしれない。


 二人きり。確かに、二人きりに近い状態ではあるけれど、正確には違う。
 船上では、なんだか気の抜ける外見のスタンドが着いて来ていたし、陸に上がってただ歩いている今は、怪しげな赤ん坊を手にしている。
 ただし。
 いてもいなくても、あまり変わらない存在というものしかそばにいない場合。
 やはりこれは二人きりなのかもしれない。
 現に、アナスイは全くそれらの存在など目に入っていないようだ。


 初めてまともに話した内容が、いきなり愛の告白だった。
 状況を考えれば、とても正気とは思えない場面でのあの言葉は、だからこそ徐倫は最初、意味がわからなかった。
 しばらく一緒に行動して、やっと、「場の空気を無視して、したいようにしているだけの男だ」ということはわかった。
 ということは。
 あの唐突な告白も、けして質の悪い冗談ではない。ということか。
 ある意味、少しバカなんじゃないだろうか。そんなことを思ってしまう。
 今も、ちらりと横を見遣れば、やはりアナスイがこちらを凝視している。
「………」
 落ち着いてよく見れば、確かに凄い美形だ。
 性別を超越したところがあるせいで、男なのか女なのか分かりにくい。
 見ようによっては、自分よりも女性的ですらある。
 どちらかと言えば父親似の徐倫は、これまで、恋愛の対象として女っぽい男を選んだことがない。
 早く言えば。
 アナスイの顔は好みではない。
 これは……早い段階でその気がないことを伝えた方がいいのだろうか。
 そんなことをちらりと思う。
 思いながら、またアナスイを盗み見る。
 何度見直しても、やはり好みではない。回数を見れば印象が変わるというものでもないのだが、それでもつい見てしまう。
「徐倫」
 状況を無視する男アナスイが、また何か話しかけて来た。
 今日一日の経験で、アナスイが話す内容が、全く無意味な戯れ言だということはわかっている。
 今度は何だという気持ちを視線に込めて、振り返る。
「見てくれるのは嬉しい。どうせなら、しっかりと両目で、正面から見て欲しい」
 言うなり、両手が顔に伸びて来る。
 しっかりと頬を挟まれ、アナスイの顔がとんでもなく近くに寄って来る。
 美形は、近くで見ても美形だ。そんなことを思いながら、早く振りほどこうとするのだが、意外に力が強くてそう簡単にこの腕から脱出できそうにない。
 そんなことをやっている場合ではない。徐倫の顔が引きつる。
 今は早く移動した方がいいに決まっている。立ち止まって、つまらない会話を展開している時間など、本当は無いはずなのに。
 何故、この男はずっとこうなのだろう。
 そう思った時、不意に気づく。
「何を焦ってるの?」
 焦っている。男の行為を客観的に見た時、その言葉が自然と浮かぶ。
 余裕が無さすぎる。
 あのエンポリオの音楽室で、時間の流れすら感じさせないあの空間で、ただ悠然と寝起きしていた彼。
 そんなアナスイと、今この、現実の時間の流れる外界へ出て来た彼との間に感じる違和感は、それだ。
 何をそんなに焦っているのか。


 言われた瞬間は、アナスイは首を傾げた。
 おそらく、彼にとってみれば今は愛を語り合う時間で、そんな時に交わす言葉にしては、徐倫が言った台詞は不似合いだからだろう。
「何を、焦っているの?」
 もう一度、同じ言葉を繰り返した。
 二回目のそれに対し、アナスイも、今度は妙な反応はしなかった。
「好きだから」
 返って来た言葉は、単純明快。
「どういうこと?」
「好き。だから、君を守る」
「……それはもう、なんとなくわかった」
 いや、十分わかった。
 できればその先を知りたい。
「君に関わると決めた段階で、平和で退屈な生活は終わった。望んで飛び込んだ所だから構わない……ただし、命の保証はない」
 そう言いながら、顔は笑っている。
 自分の能力に余程の自信があるのだろう。死ぬ気なんてさらさらないに決まっている。
「ぐずぐずしてたら、ウェザー・リポートに先を越される。既にこっちはスタートで出遅れてるから、早めに遅れは取り戻したい」
 話に脈絡が無なさ過ぎるのも問題の一つだ。
 最前の言葉と、今の。
 どこでどう繋がって、どこから話が変わったのか。
「だから、もっと親しくなろうか、徐倫?」
 いったい何が『だから』なのだろう。
 本当に、訳が分からない。
 好みのタイプじゃない以前に、理解できそうにない。
 そして何より厄介なのは。
 いつの間にか片手が頬から腰へと回され、がっちりとホールドされていること。
 女よりも綺麗な顔をしている癖に、力だけは普通の男と一緒らしい。
 振り解けないし、顔を背けることもできない。
 本当に、厄介だ。

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